ウェブマガジン第12号前編

 

巡検ワークショップ開催報告

 

 

東京大学地球惑星科学専攻 地球惑星システム科学講座

 

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1.「システム合宿しませんか?」 ワークショップ開催の経緯

 

 2015年の春に「システム合宿しませんか?」と題したメールが、地球惑星システム科学講座の基幹教員に回ってきた。メールには、システム合宿とは、当講座の構成員を中心とした合宿形式の研究・勉強会だというごく簡単な説明が添えられていた。何のことはない。種を明かせば、これは講座内で主催される地球・惑星の表層環境を議論する「表層セミナー」の年度初回の親睦会(要は飲み会)で出た思いつきであった。しかし、これを真に受けた関根康人准教授が、次の日に基幹教員に提案したのだった。何気ない思いつきではあったが続々と賛成の返事が集まり、あれよという間にシステム合宿は実現の運びとなったのである。

 

ワークショップ開催の経緯(※イメージです。)

 

 

 さて、なぜシステム合宿をする必要があるのか――これに答えるには、まず地球惑星システム科学とは何かということから話を始めねばならない。地球上で生じる様々な現象は、プラズマ磁気圏、大気・海洋、固体地球、生命圏といったそれぞれの構成要素が互いに影響し合った結果のアウトプットとして理解することができる。特に、地球生命史の解読や将来の環境変動予測といった全地球規模の問題は、例えば大気・海洋といった一つの構成要素のみを研究するだけで解決することはできず、各要素が相互作用しあう多圏システムとして地球を捉えることで、初めてその全容の理解が可能になるといっていい。地球以外の惑星・衛星の進化や生命存在可能性、さらには太陽系外惑星の形成や地表環境の推定にも、システムとして惑星を見る視点をはずしてはこれらの本質を見抜くことはできない。

 

 地球惑星システム科学講座では、地球・惑星上の個々の構成要素だけでなく、それらの相互作用の理解にも重きを置くことで、「地球や惑星をまるごと理解する」視点を持つ学生を育成し、そのような若手研究者の十字路たらんとしている。しかし、言うは易く行うは難い。地球や惑星をまるごと理解するためには、場合によっては、天文・惑星科学から地質・地球化学、あるいは大気科学、気象学や生物学までも含めた知識、さらに理論・観測・実験・野外調査などの手法を知る必要があるかもしれないからだ。当然、これを学内の活動だけで行うには限界がある。最も効果的なのは短時間集中的に意見をぶつけ合うことである。特に、野外調査を中心とした地質・地球化学を学ぶためには、理論家といえども、書を捨てずに野に出ることも時には必要となろう。

 

 合宿を行う目的は、そのような多岐にわたる研究手法と専門分野を背景とする人たちの研究分野間の交流にある。そして、知見の交換や相互理解によって、上記の大目標を達成するための研究ネットワークの構築・醸成を目指している。合宿は、地質・地球化学研究での調査の現場を見る野外巡検と、主に理論研究に関する情報交換や議論を行う室内セミナーを合わせたワークショップとして企画された。地球システムの理解にとって一つの重要なモデルケースは、地球史を通じた環境変動と生物大量絶滅の理解である。野外巡検は、講座内の高橋聡助教が研究対象としている、岩手県三陸地域の大量絶滅境界を含む古生代―中生代の地質を対象とすることにした。

 

ワークショップの旅程

 

 

セミナーでは、系外惑星の観測やその理論的背景(生駒大洋准教授、河原創助教)、火星と地球との比較惑星地質学(栗田敬教授)、さらには古気候モデルによる気候変動論(阿部彩子准教授)に関する最新のトピックスについて議論が行われた。旅程を準備にあたっては、参加者に車椅子利用の参加者や乳幼児連れの参加者も見込まれたので、車椅子でも近づいて見学することができる地質観察場所の選定や、バリアフリー対応の宿と打合せを行うなど工夫がなされた。

 

 

2.地質巡検内容紹介

 

 1日目はあいにくの小雨ではあったが、岩手県盛岡駅に集合した一行は、盛岡を更に北上して、最初の見学地の位置する岩泉町を目指した。葛巻高原(濃霧で見学するはずだった風車や早池峰山を眺めることは出来なかったが……)で途中休憩をした後、向かったのは、岩泉町を東西に流れる安家川上流部に分布する北部北上帯の地質である。北部北上帯は、日本列島の基盤岩となっている付加体からなり、その中には、遠く外洋からプレートテクトニクスによって運ばれた海洋堆積物や、大陸陸側海溝を充填した砕屑岩類が含まれている。これらの北部北上帯の地質試料を用いて研究を続けている高橋聡氏の解説を受けながら、林道沿いの露頭を見学した。はじめに見学したのは、後期石炭紀〜前期ペルム紀に堆積した深海チャートで、やや赤色を帯びた岩石の特徴が鉄やマンガンなどを酸化させる酸素に富んだ堆積環境を示す。阿部彩子准教授の「氷河時代であるこの時代は、海洋循環が活発だった」という鋭い指摘もあり、露頭前で議論が盛り上がった。林道の先に進むと、より上部の層序を観察することができ、深海チャート層は灰色がかった色を示すようになり時折黄鉄鉱を含む酸素に乏しい環境を示すようになる。チャート層のリズミカルな堆積周期などを話題にしながら先を進むと、そこには、ペルム紀―三畳紀の境界層である黒い粘土岩の露頭があらわれていた。高橋助教から、この露頭の発見の経緯や、最近の研究成果などについて説明が行われた。

 

 

古生代―中生代境界層を見学する参加者

 

 後編につづく