ウェブマガジン第10号後編

地震を調べただけでは地震は分からない

 

-広い時間スケールから見る地震と断層の奥深い法則性-

 

 

安藤 亮輔 (東京大学 大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻 准教授)

 

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4.断層の進化の時間スケール

 

 断層はいきなり出来上がって永久不変となるようなものではありません。断層も進化しながらその形状や摩擦特性を変化させるのです。一般に断層は、滑りを経験すればするほど、成熟していき、形状が平坦化されていくと考えられています。

 

 その端的な例を、陸上に現れたプレート境界の断層で見ることができます。図2Aに示した、米国西海岸のサンアンドレアス断層は、もっとも有名なプレート境界の断層の一つですが、陸上に存在するため、その形状がよく調べられています。断層は、地形や地質構造を切りながら発達するので、地形学・地質学的に調べることができ、日本国内などでも活断層図(データベース)が整備されてきています。地表面は侵食されるので、断層運動の効果との切り分けが難しいところではあるのですが。さて、この全長が千km以上に達する大断層は、約3千万年前に形成され、現在までに累積でその全長程度も、ずれ動いていると考えられています。ちなみに、サンアンドレアス断層が形作る地形は、サンフランシスコとロサンジェルスの間を飛行機で飛ぶと良く観察することができますので、アメリカ地球物理連合(AGU)の秋季大会に参加する方は、経由便に乗り空から観察されることをお勧めします。空から見れば分かるとおり、その本体の形状はかなり直線的で連続的です。しかし、多数の本体から分岐する短く途切れがちな大小様々な断層が存在することが分かります(図2)。なぜそのような、分岐断層が存在するのでしょうか? 私たちは、このような分岐断層は、断層形状の進化の過程でできたと考えています、通常、プレートを含む岩石は同じ応力場を加えられ続けた場合、当初存在した小さな断層が結合して大きな主断層へと収斂していく傾向があります。ところが局所的もしくは広域的な何らかの理由で、断層が成長する最適な面の方向からずれてきたときに、その最適な方向に新しい割れ目である分岐断層が形成されてきたと考えています。その証拠に、図2で示されるように、断層面の方向が、分岐断層では主断層よりプレートの相対運動方向に近くなっています。

 

 同様のことは、日本の周辺のプレート境界断層と内陸活断層との関係にも当てはめることができます。日本列島の応力場は、約300万年前に、大きな変化があったと地質学的に考えられています。すなわち、それ以前に形成された断層面は、現在の応力場では最適面でないのです、そのため現在、内陸の断層は、新たな最適面に向けて進化している途上にあり、複雑な形状をしていると考えられます。

 

 断層面が平坦で連続的な成熟した断層ほど大地震を起こします。一方、未成熟な断層では地震の繰り返しパターンや規模は非常に複雑に変化します。プレート境界断層の方が内陸活断層よりも大規模な地震を起こしやすいこと、内陸活断層の地震発生予測が特に難しいのは、この断層形状の進化の問題が大いに関わっています。そのことは、断層の進化を理解することが、内陸地震の理解を進める鍵であることを示しています。

 

図2

 

図2:断層の位置とプレート相対運動の方向。(A)米国西海岸のサンアンドレアス断層系の例。(B)ニュージーランドのアルパイン断層系の例。両図とも、黒線が断層を示す。矢印は、プレート相対運動方向。Y字型の太線は断層が分岐している位置と主断層(薄赤色)・分岐断層(薄青色)の方位を示す、薄青線は海岸線。(Scholz et al., 2009に加筆)

 

 

5.地震の繰り返しの時間スケール

 

 沈み込み帯では、おおよそ数十年から数百年程度に1回の頻度でマグニチュード(M)7-9の大地震が発生します。一方、内陸ではおおよそ千年から数万年以上に1回の頻度で発生します。ある断層を特定して見た場合、地震は始終起こっているのではなく間欠的です。なぜ間欠的で、繰り返すのでしょうか? それは、地震時に断層が滑ることで開放する応力(応力効果量)が、なぜか平均的には数MPa(メガパスカル)と一定しており、また地震を起こすためには、プレート運動でその応力降下量の分の応力を蓄積する必要があるからです。

 

 2011年東北沖地震の発生をきっかけにして、地震の繰り返しという問題を、改めて考え直す必要性が認識されるようになっています。少し前までの地震学の常識では、東北沖では、比較的データのそろった過去百年程度の観測記録に依存して、M7規模の地震が約30年間隔で規則的に起こると考えられていました。しかし、最近の地質学的研究の進展で、数百年から千年に一度の頻度で、M8中盤以上の巨大地震が起こっていたことが徐々に分かり始めました。2010年までには、869年貞観地震津波の規模がそのようなM8中盤以上だったとことが明らかになっており、研究成果の社会還元が始まったところでしたが、貞観地震津波から約千年経った2011年に東北沖地震が起こりました。かなり規則的に繰り返す地震が確かにある一方で、どのような地震でも同規模のものが一定間隔で繰り返すものだという考えは、単純化し過ぎで問題であることが深く認識されるようになったのです。

 

 Mが一つ違うと、その震源域の直径が約3倍違います。しかしM7が面積にして3 × 3 = 9個起こってもM8にはなりません。応力降下量がほぼ一定だとすると、弾性体力学によって滑り量も直径に比例することが分かっています。従って、地震時に開放されるエネルギーの差(∝ 面積 × 滑り)はM7とM8で約30倍、M7とM9では約900倍あります。つまり、M7はM8の1/30の頻度で発生する必要があるのです。このように、地震の繰り返し間隔は、地震の規模、すなわち断層がどこまで破壊するのかと密接に関係しています。しかしながら、断層面上には図3で示すような不均質な構造が存在します。破壊の伝播はこのような不均質構造が作る要素の関与する多体問題であり、本質的に複雑な振る舞いをします。要素の個別的な特性と相互作用の理解が鍵となりますが、物理的なモデル化と観測による定量化はなかなか手強く、今後の地震科学にとってここにブレークスルーを作ることが大きな課題です。

 

 その課題解決のために、一つのカギになるのが、過去に生じた地震の発生の履歴を調べる古地震学です。現代観測では過去千年を相手にすることが出来ません。そこで、貞観地震津波の研究で力を発揮しているような、野外調査をベースにした地形学・地質学、及び歴史学の知見と、地球物理学的な現在の知見と融合した研究が重要です。例えば、図1のように、地表に断層滑りが到達すると、地表付近の堆積層に食い違いが生じ、断層の活動の履歴が記録されます。津波が遡上すると、後に津波堆積物を残していきます。一方、地球物理学的な観測や計算機シミュレーションでは温度構造や断層形状、断層の摩擦などの物理特性を詳しく考察することができます。私たちは、そのような観点で、古地震学を革新する研究を進めています。

 

 

6.地震の前後、スロー地震の時間スケール

 

 大地震が起こると、リソスフェアは、瞬間的につまり弾性的に変形しますが、アセノスフェアは、緩和時間Tc = 数十年程度の特性により、徐々に粘弾性的に変形し応力を緩和します。これを余効変動と呼びます。このような余効変動が、今後数十年の内陸断層への力の加わり方、地震の起こり方に大きく影響しています。しかし、その大きさは粘弾性構造に依存しますし、本当の構造をまだだれも知りません。また、この時間スケールでの岩石の流動変形の微視的なメカニズムも解明しなければなりません。本年度から、地殻ダイナミクスという5年計画の大規模プロジェクトが科研費の新学術領域研究として開始され、多くの研究者が、日本列島が東北沖地震の後にどのように変形するのかに、注目しています。しかし、5年間というのは、大地震の発生頻度や余効変動の時間スケールに比べれば、はるかに小さいものです。これが地球科学研究の難しさとして共通することです。

 

 大地震の発生後には、それだけでなく、断層面も徐々に減速しながらも滑り続けます(余効滑り)。それは、数年のスケールで継続すると考えられています。余効滑りが、ゆっくり伝播し、次の地震を起こすこともあります。私たちの研究で、2011年の東北沖地震の前にも前震が起きて、その余効滑りが本震を発生させる最後の一押しになったようであることが(後からデータを見て)分かりました(図3)。さらに、最近、大地震の発生とは直接関係なくても、常時的にゆっくりとした滑りが発生していることがわかってきました。一般にスロースリップや低周波地震と呼ばれているような、スロー地震の一群です。よく研究されている南海トラフやカスカディア沈み込み帯では、スロースリップは多数の低周波地震と同期していることが知られており、それぞれ約1週間、1ヶ月程度という継続時間を示します。スロー地震の発生は、潮汐のつくる応力変化にも影響され“満ち欠け”することが分かっています。

 

 

図3:東北沖地震の最大前震(2011年3月9日)とその余効滑り。丸印は震央、その色は発生時間。余効滑りの伝播によって励起された前震の余震が赤破線で囲んだ領域から左下(南西)方向に移動し、51時間後に東北沖地震本震の破壊開始点の位置に(左下の青色星印)に到達し、本震が発生。(Ando and Imanishi, 2011に加筆)

 

 

 スロー地震は、断層の摩擦特性とその非一様な分布を考慮すれば、物理的に上手く説明できることが解明されました(図4)。そこでは、通常地震を起こすようなバリッと割れる脆性的なパッチが、ヌルヌル滑る(塑性流動する)背景領域の中に存在する、不均質な断層構造を考えます。一般に、断層の浅部は脆性的で大地震を起こすのに対し、深部は定常的に塑性流動します。その遷移領域にこのような不均質構造が存在すると考えるのです。

 

 

図4:スロー地震のモデル。(左)断層面上の不均質な構造の概念図。塑性流動する背景領域(灰色)に、脆性領域(白丸、黒丸)がパッチ状に存在。(右)滑りの伝播を再現した物理モデルによるシミュレーションの結果。(Ando et al., 2012に加筆)

 

 

7.地震破壊の時間スケール

 

 ようやく地震の継続時間のスケールまで降りてきました。その継続時間は、震源域の長さをS波速度で割った値で、多少のバラツキはありますが、だいたい決まっています。破壊の先端に応力集中が生じるために断層が割れて、その応力の波はS波速度程度で伝わるためです。この速度を破壊伝播速度と言います。M6で10 kmの直径でS波速度は毎秒3 kmとすると3.3秒の継続時間、一方M8では約100 kmなので、33秒です。その理論は概ね確立しており観測でも良く検証されています。なんだか良く分かった気がします。

 

 しかし、その数10秒の間で、断層の状態は劇的に変化します。それに影響され、破壊伝播が進んだり止まったりしてしまいます。これがなかなか分かりません。高温の摩擦発熱で、断層岩が溶けたり様々に化学反応したりすると考えられていますが、溶ける程度や溶けた断層面の強度は実験室でもまだ十分に調べられていません。断層面の変化だけ無く、その周囲の岩石が地震時に破砕される効果も考慮する必要があります。間隙水が膨張して摩擦強度を低下させる可能性がありますが、高圧になった水がそのまま断層面の隙間に留まることができるのか、よく分かっていません。そもそも水が断層面のどこにどの程度存在するか、それを測定できていません。図1のような温度構造の異常があったりすると、また複雑になります。さらに地震時の短時間の現象が、長時間の現象と相互作用するのも難しいところです。断層面の水の分布を決めているのは、まずはプレートの脱水や拡散という長時間の現象ですが、水の分布は地震時滑りで変化するかもしれません。断層の滑りは断層形状に強く影響されますが、形状に違いを生んでいるのは長時間の断層進化過程であるともに、形状の変化は地震時の破壊の結果です。また、滑りは巨視的な一枚の断層面で生じているのではなく、多数の分岐断層や破砕帯も関与します。実に複雑ですが、その複雑さを理解するために重要なのは、時間スケール(と、今回はあまり議論しませんでしたが、空間スケールにおいても)を超えた相互作用とその地震現象への現れ方の法則性という糸を、一つ一つ解きほぐして行くことだと考えています。

 

 

8.地震科学のチャレンジ

 

 現在の地震科学は、起こった地震については、それなりに、ある程度の合理的な解釈を与えることができるようになりました。しかし、例えば、普遍的な法則を確立して、各地域でデータを収集し将来の地震像を予測するようなことには、まだ多くの課題を抱えています。しかし裏を返せば、地震には未知の問題が大量に残されていて、研究し甲斐があるということです。その解決にはまだ時間がかかるかもしれませんが、地球の年齢に比べれば瞬間的でしょう。次の大地震は学問の発展を待ってくれません。学生の皆さん、ぜひ一緒に、このやりがいのある仕事に加わってみませんか?

 

 

 

参考文献

 

Ando, R. and S. Okuyama, Deep roots of inland active faults and mechanics of earthquakes illuminated by volcanism, Geophys. Res. Lett., VOL. 37, L10308, doi:10.1029/2010GL042956, 2010

 

Scholz, C.H., R. Ando, B. E. Shaw, The mechanics of first order splay faulting: The strike-slip case, J. Struct. Geol., doi:10.1016/j.jsg.2009.10.007, 2009

 

Ando, R. and K. Imanishi, Possibility of Mw 9.0 mainshock triggered by diffusional propagation of after-slip from Mw 7.3 foreshock, Earth Planets Space, Special Issue, 63, 767-771, 2011

 

Ando, R., N. Takeda and T. Yamashita, Propagation Dynamics of Seismic and Aseismic Slip Governed by Fault Heterogeneity and Newtonian Rheology, J. Geophys. Res., 117, B11308, doi:10.1029/2012JB009532, 2012