ウェブマガジン第9号後編

分子地球化学

 

-原子・分子レベルから地球をみる面白さ・重要さ-

 

 

高橋 嘉夫 (東京大学 大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻 教授)

 

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「ビバ XAFS !」

 

 以上示してきたように、分子レベルの現象に立脚した地球化学・環境化学は、様々な分野と接点を持つ大変面白い研究分野である。またそれが可能になったのは、XAFSなどの研究手法の発展によるところが大きい。そのため我々は、XAFS法の手法的な発展にも強い関心をもちながら研究を進めている。例えば、検出器の感度向上、試料槽の改良、マイクロビームの利用、などを基にして、XAFS法はさらに広範な分野への応用が進んでいる。特に我々のグループでは、妨害元素の信号の除去による天然試料中の微量元素の高感度なXAFS測定や、炭素の官能基マッピングなどの化学種別マッピングを50 nmオーダーの空間分解能で可能にするScanning Transmission X-ray Microscopy (STXM)などの利用も進めており、国内のXAFS法を用いた地球化学・環境化学の研究を先導している。

 

「おわりに」

 

 以上のように、私たちの研究室では、地球惑星で起きるあらゆる化学素過程に関心を持って研究を進めています。研究の中心は、ずばり「化学」です。地球や宇宙や環境を構成する元素の濃度や同位体などに伝統的な地球化学的ツールに加えて、結合状態・局所構造・価数などの原子・分子レベルの情報を突き詰めることで、環境や資源や地球史や、様々な問題を新しい切り口から研究することが可能になります。こうした分野は、「分子地球化学(Molecular Geochemistry)」と呼ばれ、放射光実験などの新しい技術の進歩により、今まさに私たちは、地球化学を原子分子の相互作用という最も本質的な立場から扱える時代を迎えたといえます。また、私たちの研究室は、2014年6月から東大地惑(地球惑星環境学科)で始まった新しい研究室です(図10)。

 

 

研究テーマとして多くの可能性がありますが、例えば以下のようなものが考えられます。せっかく研究をするのであれば、「面白い」か「役に立つ」かのいずれかの要素を満たすべきと思っていますが、どうせなら面白くて役に立つ研究を目指したいなあと思っています(参考HP)。この分子地球化学は、そんな研究が可能な分野です。

 

*他に最近の研究や教育活動について、以下のYouTubeサイトや文献などを参照

分子地球化学の紹介(SPring-8の広報記事;総説論文[1]も参照):

http://www.youtube.com/watch?v=MpzH18jDnYg

http://www.youtube.com/watch?v=qZlrl7vXcuQ&feature=youtu.be

学生さんへ贈る言葉(広島大学のHP)

http://www.hiroshima-u.ac.jp/wakateyousei/interview/p_ty86we.html

 


 

<高橋(嘉)研究室で扱うことのできる研究テーマ>

 

1. 環境化学: 有害元素の挙動解析やエアロゾルの化学と環境影響

 

 「地球の年齢」=「46億年」は、地球化学の最大の成果の1つです。そして46億年を1年に例えた場合、人間が化石燃料の燃焼で二酸化炭素を大量に排出し始めたのは、12月31日の23時59分59秒になります。一体、新年の0時0分01秒に、地球環境や資源の問題はどのようになっているのでしょうか。こうしたことを念頭におきながら、地球における人間活動の影響を分子地球化学的に研究したいと思います。具体的なテーマとして、以下のことが考えられます。

 

福島周辺での放射性セシウムや放射性ヨウ素の挙動解析: 日本が抱える最大の環境問題に取り組む。例えば、放射性セシウムの挙動に影響を与える層状ケイ酸塩への吸着やそれに与える有機物の影響などをフィールド調査、室内実験、量子化学計算などから明らかにする。28年前にチェルノブイリで起きたことと比較し、福島で起きたことの特徴を明確にするアプローチもとりたい。

 

大気エアロゾル中の可溶性鉄の海への供給 -どの季節に溶け易い鉄が多いのか- : 鉄は植物プランクトンの生育を制限する因子であるため、海洋への可溶性鉄の供給は、海洋によるCO2吸収やそれを通じた気候変動とも関連した研究テーマである。現在では、人為的な活動により大気エアロゾル中の鉄の可溶性が増加していることが示唆されており、1年を通じて採取されたエアロゾル試料を分析し、鉄の化学種と可溶性鉄の量の季節変化を求めると共に、人為的影響を評価する。

 

大気酸性化の歴史の解明: 現在の大気は、人為的に排出されるSOXやNOXのために酸性化している。一方、大気エアロゾル中の炭酸カルシウムの表面分析を行うことで、大気中の酸性度を推定することが可能である。そこで、北極アイスコアなどに保存された過去のエアロゾル試料中の炭酸カルシウムの分析を通じて、過去500年程度の大気の酸性度を調べ、産業革命などの人為的な影響が実際にはどの程度であるかを調べる。

 

2. 資源化学: 元素の地球表層での元素の循環と生体必須元素

 

 現代社会は、多くの資源によって支えられています。そのうち金属資源は、地球で起きる物質循環の過程で元素の性質の違いにより特定の元素が濃集した特異的な場所(狭義には鉱床ともいう)で採取されます。これらの成因の解明は、新たな資源を探査する上での基盤となるばかりでなく、地球の物質循環の解明やそれに基づく古環境の解析にも貢献します。具体的なテーマとして、以下のことが考えられます。

 

海底資源(マンガン団塊)への元素濃集機構: マンガン団塊・クラストは、様々な有用元素を濃集しているが、なぜ特定の元素が濃集するかを元素の性質に立ち返って説明した研究は少ない。ここでは、その全元素の濃集度を系統的に説明することを目指す。こうした知見は、元素の海水中での循環とも関連するし、マンガン団塊・クラストを表面から深部に向かって解析すれば古環境研究にもなる。

 

レアアースの資源化学: レアアース泥中のレアアースは、リン酸塩として固定されている場合が多く、そのリン酸塩が生成する機構をコア試料などを用いて解明する。関連して、バクテリアやDNAを用いたレアアースの回収・分離法の開発も行う。

 

酸化物と硫化物への微量元素の分配の比較: 元素によって酸化物と硫化物のいずれを好むかを系統的に理解する。このことは、地球が還元的環境から酸化的環境に変化した際に、どのような元素が海洋に溶け易かったかの変遷史とも関連する。こうした変遷史の解明は、生体にとって必須な元素が変わってきた歴史とも関係し、地球史における化学環境の変化と生命進化の新たな関係を探ることに繋がる。

 

3. 地球史解明ための地球化学プローブの開発と応用: 特に酸化還元状態(redox)

 

 地球上での元素の行動を精密に理解することは、その行動の元素間の差違や特異的な同位体分別を用いて過去の地球環境を復元するツールの開発につながる。我々が解明してきたAsやSeの価数別固液分配挙動の違い、Mo/W濃度比・同位体分別、Ce安定同位体分別などは、いずれも過去の地球のredoxなどを反映する可能性があり、これらの手法開発を基に、過去の地球のredox(酸素分圧といってもよい))の解明に貢献する。具体的なテーマとして、以下のことが考えられる。

 

炭酸塩中の微量元素を用いたredox指標の開発と応用: 炭酸塩中のMo/W比、ヨウ素濃度、ウラン安定同位体比などが過去のredoxの指標として利用できるかを調べる。応用として、全球凍結期(PC/C境界)の炭酸塩や新生代の堆積物コア試料などを用いる。


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