異常気象とは,ある地域で特定の季節について30年に1度程度しか起こらないような,平年状態から大幅にずれた天候(高温・低温,多雨(豪雪)・旱魃)を言う,但し,この定義に当てはまらずとも社会的影響が大きい場合には「異常気象」としてマスコミを賑わすことが少なくない.
我が国を含む中高緯度地域の異常気象は,上空の偏西風ジェット気流の異常な蛇行に伴って起こる場合が殆どである.対流圏を吹く偏西風ジェット気流には2種類ある(図1).その1つは亜熱帯ジェット気流(STJ)で,熱帯の積乱雲群に伴う大規模上昇流からの運動が,低緯度における固体地球の持つ大きな東向き角運動量の寄与を保ちつつ対流圏上層を亜熱帯へ向かう(”ハドレー循環”)過程で形成される (自転軸からの距離が緯度とともに減ずるため).亜熱帯と中緯度の空気の境界を成すSTJは,日本付近では冬は30°N付近を吹くが,夏にはアジアモンスーンの発達に伴い40°N以北まで北上し,地表の小笠原高気圧の発達を伴う.一方,寒帯と中緯度の空気の境界を成す極前線ジェット気流(PFJ;亜寒帯ジェット気流とも言う)に沿っては,地表でも南北気温差が顕著で,移動性高低気圧が交互に発達する(”ストームトラック”).こうした波動擾乱はSTJから東向き角運動量を運び込みPFJを維持する.冬は下層の北西季節風による寒気南下に伴い,PFJも日本上空で南下してSTJと合流し,全球で最も強いジェット気流を形成する.夏季には大陸が暖まるのに伴い,PFJは65°N付近まで北上する1.このように,ジェット気流の季節的南北変位は,日本の明瞭な四季をもたらす下層の気温分布と密接に関わっている(図2).
上空のジェット気流の持続的蛇行は,各季節の地上天気図を特徴づける大規模な停滞性の高低気圧の勢力を決定づける.夏季にPFJがオホーツク海北方で北へ蛇行すると地表のオホーツク海高気圧が発達し2,それに伴う冷涼な北東風(ヤマセ)が北・東日本の太平洋側に低温と日照不足をもたらす.また,STJが日本上空で北へ蛇行すると熱帯の空気が北へ張り出し,地表の小笠原高気圧が強まる.STJ沿いに形成される梅雨前線も北上して梅雨明けとなる.一方,冬季には,アジア大陸上でのPFJの北への蛇行がシベリア高気圧の発達を促し,日本上空でのPFJの南下は東海上のアリューシャン低気圧の強化に対応する.所謂「西高東低」の気圧配置である.
このように,季節進行に伴い偏西風は南北に変位し,地域的にも蛇行が起こる.特に,後者は大規模山岳や海陸の加熱コントラストにより強制される惑星規模波動(プラネタリー波)によるものである.ところが,偏西風ジェット気流の緯度や蛇行の様相が,平年の季節進行とは異なるときがある.こうした異常な蛇行は,地表の気圧配置や気温・降水分布の異常を伴うため,持続すれば異常気象をもたらす.ジェット気流に蛇行をもたらすのは大規模波動(ロスビー波)で,同じ速さの水平流に働くコリオリの力が緯度とともに強まる効果(”ベータ効果”)にその存在を負う.西向き位相速度が波長とともに増大するため,ある強さの偏西風に沿って特定の波長を持つロスビー波が停滞し,蛇行を持続させる.冬季は高緯度域で気温が著しく低下して気温の南北差が強まるのに対応し,PFJが夏季より強まる.また,ハドレー循環の強化に伴い,STJの速さも冬季に最大となる.よって,夏季に比べ冬季では波長の長いロスビー波がジェット気流に停滞し,蛇行の水平規模が増大する傾向にある.
なお,その強い分散性のため,ロスビー波は位相(偏西風の蛇行パターン)が地球に対して停滞していても顕著な東向き群速度を有し,波のエネルギー3(蛇行の強さ)を東方へ伝えることができる(図3).ロスビー波のこの性質により,偏西風ジェット気流にほぼ沿うように西方から東方へと距離の離れた複数の地域に異常気象が連鎖的に起きる4(遠隔影響:teleconnection).停滞性ロスビー波の群速度は背景の西風風速に比例することから,ジェット気流の出口(風速極大域の下流側)の弱風域では,伝播してきた波動のエネルギーが蓄積され易く,局所的に蛇行が増幅しやすい.特に,PFJの出口で高気圧性循環偏差が増幅すると,ジェット気流が強く蛇行して移動性高低気圧の伝播を阻害 (block) するため,異常気象が持続し易い.こうした高気圧を”ブロッキング高気圧”と呼び,海上では移動性高低気圧からのフィードバック強制によっても維持される.
偏西風ジェット気流の異常な蛇行を誘起しやすくする要因の1つは,環状モード変動と呼ばれる中高緯度の大規模な気圧の南北シーソーである.その本質は波動擾乱の活動異常により強制されるPFJの南北変位や強弱で,北半球にみられる変動は「北極振動」とも呼ばれる.北極振動の正の位相では,寒気が高緯度に蓄積されてPFJが強まり,特に北大西洋域で移動性高低気圧の活動が活発化する.このとき,PFJの持続的蛇行は弱く,中緯度域は比較的温和な天候となる.反対に,「北極振動」の位相が負に転ずるとPFJの蛇行が顕著になり,PFJが南下した地域には極域から寒気が南下する.
偏西風ジェット気流の異常な蛇行を誘起しやすくするもう1つの要因は,熱帯の大気海洋結合変動である.その最も典型的な現象が熱帯太平洋で起こる「エルニーニョ・南方振動 (ENSO)」である.貿易風の吹く赤道太平洋では表層の暖水が西方に厚く溜り,平年状態でも東方ほど冷水が表面に湧き上がっている.この東西コントラストが平年よりさらに強化されるのが「ラニーニャ現象」で,貿易風の強化とともに暖水の蓄積が更に進んだ西部海域で海面水温が上昇し,近傍の海洋大陸(インドネシア・ニューギニア・豪州北部)で積乱雲に伴う降水が増加する.反対に「エルニーニョ」時には,貿易風の弱化とともに赤道太平洋中・東部で海面水温が上昇し,積乱雲に伴う降水活動の中心も海洋大陸から太平洋中部へと移る5.水蒸気が凝結し降水をもたらす際には,海面から蒸発の際に奪った潜熱が対流圏中に解放される.こうしたENSOに伴う大気中の熱源分布の変動はロスビー波の励起源となるため,ENSOの影響は熱帯だけに留まらず,南北太平洋や北米・南米など中高緯度の広範な地域に偏西風ジェット気流の持続的蛇行を起こし易くさせ,異常気象の発生を促す.なお,起こり易い蛇行のパターンや付随する異常天候の分布は,ENSOの位相(エルニーニョかラニーニャか)に依存する,また,熱帯インド洋にも固有の大気海洋結合変動(ダイポールモード)があり,その降水変動により励起されるロスビー波は,特に北半球の夏季から初冬にかけてユーラシア大陸上の偏西風ジェットの蛇行させる.
こうした予備知識を基に,まだ記憶に新しい2010年夏に起きた異常気象を分析してみよう.例えば,2010年7月にロシア西部に記録的猛暑をもたらしたブロッキング高気圧はPFJの北への持続的蛇行の現れであり,大西洋を横切って入射してくるロスビー波により幾度も強化された.また,ブロッキング高気圧に蓄積された波動のエネルギーがロスビー波として射出されたため,その東方ではPFJが南へ蛇行しやすく,中央シベリアに異常低温がもたらされた.なお,このようなPFJの蛇行パターンは,欧州が熱波に見舞われ,日本が大冷夏だった2003年夏の状況と類似したものであった.しかし,蛇行パターンが全体に少し東へずれていたために,極東ではPFJの北への蛇行がカムチャツカ半島付近で起こり易く,地表の寒冷高気圧はオホーツク海の東方で発達する傾向にあって,北日本にヤマセを吹かせることは殆どなかった.
一方,日本に記録的猛暑をもたらした小笠原高気圧の異常発達はSTJ(”アジアジェット”)の北への持続的蛇行に伴うものであり,その一因はSTJを伝播してきた停滞性ロスビー波である.夏季にはモンスーンの影響でSTJが北上し40N付近を流れる事から,その蛇行パターンは”シルクロードパターン”とも呼ばれる.日本付近でSTJを北への蛇行させたロスビー波は,イラン東部上空や中国大陸奥地でSTJを南に蛇行させ,前者の影響で7月下旬から8月上旬にパキスタンでは大雨による大洪水に見舞われた.また,小笠原高気圧を強めるSTJの蛇行は,南海上で台風が活発に発生し,大量の潜熱が大気に解放されるときにも強まる傾向がある(Pacific-Japan (PJ) パターン).2010年夏は,春まで続いたエルニーニョの影響で台風の発生が異常に少なかったが,8月後半以降は南海上での台風活動の活発化し,厳しい残暑の一因となったようである(図4).
2010年の猛暑の後も日本では平年より気温の高い状態が続いたが,12月下旬以降は一転して寒波に襲われ,2011年1月は25年ぶりの低温と記録的な降雪に見舞われた.この冬の特徴は寒気が西日本に強く流れ込むことであり,山陰地方でも記録的な豪雪となった.これは,上空のPFJが中国大陸から西日本にかけて北西から南東に流れ,日本の東方で北上しカムチャツカ半島上空にまで達するような大規模な蛇行が持続したためである.平年の状況と比べると,日本付近で低気圧性,その北方で高気圧性の循環偏差となっており,この循環偏差パターンを”西太平洋(WP: Western Pacific)パターン”と呼ぶ.カムチャツカ付近のPFJの北への蛇行は典型的なブロッキング高気圧の形成に伴うもので,2010・11年の冬のようにラニーニャ現象の遠隔影響の下で発現し易い傾向にある.なお,カムチャツカ付近の蛇行が著しく強まると,高気圧性循環がPFJから切離されて孤立渦となり,PFJ北側の寒気の中をゆっくりと西進するが,この間,日本付近でのPFJの南下は強く持続したままである.このような異常なPFJの蛇行は年末と1月中旬に繰り返し発現し,その度に西日本を中心に強い寒波が南下して日本海側は豪雪となった.なお,2005年12月も戦後最も寒い12月だったが,この時は12月初旬の寒波はWPパターンの形成に因るものだったが,その後は大西洋からのロスビー波の伝播によるシベリア高気圧の強化に因るものであった6.
2010・11年に起きた異常気象は,地球温暖化という「(一方的な)気候変化」と自然「気候変動」との関連について考察する材料を色々と提供してくれる.都市化の影響の少ない地点での観測に基づく我が国の夏季・冬季の平均気温の時系列にも,ともに温暖化傾向が明瞭である.例えば,夏季(6〜8月)平均気温は,100年で1.1℃の割合で上昇している.実際,過去20年を振返っても,顕著な冷夏は1993・2003年の2回だけだったが,顕著な暑夏は1990・1994・2000・2004・2010年と5回にも及ぶ.都市部では人工排熱の影響(ヒートアイランド)で暑さが殊に厳しさを増す傾向にある.しかし,自然気候変動に伴う年毎の気温変動は激しく,温暖化・都市化傾向だけでは2010年の突出した猛暑を説明できない.その一方で,温暖化で気温のベースが上昇してゆくため,以前と同じ強さの自然変動が重畳しても,以前にはない異常高温が現れる可能性が出てきる.これは暖冬についても同様である.逆に,2010・2011年冬や2005年12月の寒波・豪雪は,温暖化の途上での自然気候変動に伴う「揺り戻し」の典型例で,2003年の冷夏も同様である.今後地球温暖化が進行しても,各地域の年々の天候の変動に卓越するのは自然変動であり,気候の将来予測においてはこれが予測の不確実性の一大要因となる.この不確実性の評価を抜きにした温暖化への社会適合研究は片手落ちである.
最近我々は,夏季STJに沿って卓越する蛇行パターン(シルクロードパターン)はロスビー波の単純な伝播でなく,波状擾乱がSTJから効率良く位置エネルギーを変換し自らを維持できる「力学モード」であることを示した7,さらに,STJの微妙な東西構造を反映し,擾乱からSTJへの運動エネルギーの変換を最小化するような特定の地理的位相が観測される確率が高いことも示した.一方,南海上の台風活動と日本上空でのSTJの蛇行との関係(PJパターン)においても,STJからの効率的エネルギー変換が循環異常を維持し,かつ海面からの水蒸気供給が降水活動の異常を維持する「湿潤力学モード」の存在を見出した8.即ち,夏の天候を左右する小笠原高気圧はその力学特性として元来変動し易いのである.但し,それに対して熱帯や中緯度の海水温の持続的変動がどう影響するかについては今後の研究課題である,
また,IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の評価報告書(2007)に引用された数値気候モデルによる東アジア夏季気候の再現やその将来予測においても,平均状態のモデル毎の差異にPJパターンの強い射影が見られ,その符号や振幅の差異を反映して小笠原高気圧と梅雨前線の再現性にかなりの不確定性が見出されている9.さらに,温室効果気体の増加による将来の大気循環の変化においてもPJパターンからの寄与が少なからず見られ,25の数値気候モデルによる予測を平均した場においては,日本の南方海上の積雲対流活動の抑制に伴って小笠原高気圧が弱化し,盛夏期の雨量が増えるという傾向が見られる.しかしながら,この予測にはPJパターンの寄与に伴うモデル毎の大きな不確定性を含まれることに留意する必要がある.このように,温暖化予測やそれに基づく社会適合対策を考えるにあたり,気候系に内在し自然気候変動に卓越する「力学モード」の存在を認識することは本質的に重要である.温室効果気体の人為的な放出という外力が気候系に加えられたとき,その応答が「力学モード」の出現確率の遷移という形で現れ,かつ「力学モード」に伴う自然変動がモデル予測の不確定性をもたらすからでもある.また,実際に将来起こる気候状態においても,温暖化した平均状態に「力学モード」に伴う自然変動が重畳し,その時々の天候を規定することには変わりはない.こうした自然変動に伴い,現在では起こり得ない極端現象や「揺り戻し」の異常天候が発生することを考えれば,こうした極端現象により引き起こされる様々な影響まで考慮した温暖化対策こそが求められる.そのためにも,進行する温暖化に伴い「力学モード」の振舞がどう変わり得るかを見極めるべく,「力学モード」の力学特性や予測可能性を探求する基礎研究を一層進める必要がある.これにより,現在の季節予報の精度向上にも貢献できるのである.
0 本稿の要約は,2010年11月発行の東京大学新聞にされている.
1 このように気温の南北分布と上空の偏西風強度が関連するのは,大規模な大気や海洋の運動に働く2つの基本的な力の釣り合いの効果である.その1つは,空気塊に働く重力と上向きの気圧傾度力との釣合いである.この「静力学平衡」の下では,2つの等圧面間の厚さ(層厚)がその気温(絶対温度)に比例する.もう1つは,大気の水平運動(風)に働く「コリオリ力」と水平気圧傾度力との釣合いである.この「地衡風平衡の下で」は,風速は気圧傾度の強さに比例する.また,風は等圧線に沿って吹くため回転性の運動が卓越し,鉛直運動が抑制される.なお,コリオリ力とは,自転する地球に相対的な運動を地球上の観測者が記述するときに必要となる仮想的な力である.
2 オホーツク海高気圧の発達過程は,Nakamura, Fukamachi (2004, Q. J. Roy. Meteorol. Soc.) を参照.
3正確には波の活動度としての偽運動量 (波動のエネルギーを背景西風風速で除した量).停滞性ロスビー波のエネルギー伝播の仕組みについては,Takaya, Nakamura (2001, J. Atmos. Sci.)を参照のこと.
4 移動性高低気圧による日々の天気変化は,基本的に波動擾乱の位相伝播に伴うものである.
5 降水域の東西変位に伴い地表気圧も変化し,熱帯太平洋の東西で大規模な気圧のシーソーが見られる.これが「南方振動」で,大気海洋結合変動の大気側の側面を捉えたものである.
6 シベリア高気圧の異常発達については,Takaya, Nakamura (2005, J. Atmos. Sci.).
7 Kosaka et al. (2009; J. Meteor. Soc. Japan).
8 Kosaka, Nakamura (2010; J. Climate).
9 Kosaka, Nakamura (2011; J. Climate, in press).