学生の声

火山から宇宙へ-実験から読み解く自然の歴史

櫻井 亮輔(宇宙惑星科学講座・修士1年)

はじめに

 我々はいま、人類の築いてきた長い歴史の先に生きています。その昔には、人類のいない時代、生物のいない時代、そして地球ができる前の時代がありました。地球が誕生する前、太陽系はガスと砂粒の円盤であり、さらに遡ると我々の源となった物質は宇宙空間に浮かぶ小さな塵だったと考えられています。では、その昔は…?地球惑星科学は、そういう広い意味での自然の“歴史”を包括的に理解すべく、地球表層から深部、大気や海洋、さらには他の惑星や惑星間空間に至るまで、主に太陽系内のあらゆる環境を対象として研究する学問です。したがって、そこで発生する現象の空間スケール・時間スケールは実に多様であり、それらを理解していくためには実験・分析・観測・シミュレーションといった多くの相補的な手法の組み合わせが必須となります。ここでは、まずは私が研究を始めて以来主な手法としている実験について広く紹介しつつ、少し自分の研究内容について触れます。稚拙ながら、地球惑星科学専攻への入学を考えている方々にとって参考になれば幸いです。

「実験」地球惑星科学の概観

 地球惑星科学の実験では多くの場合、研究時間よりもはるかに長い時間スケールをもつ現象や、実験室よりもはるかに大きい空間スケールをもつ現象を扱います。そこで、時間によらない平衡状態に注目したり、反応速度を求めて現象の時間スケールを求めたり、ミクロな現象に注目してマクロな変化を予測したりという工夫をします。また、太陽系や宇宙空間のさまざまな環境の圧力・温度に注目してみると、我々の住む地球では地表(~105 Pa、~300 K)から内側に向かうほど高圧・高温になり、外側に向かうほど低圧・低温になるという大まかな分布があることがわかります(図1)。

圧力・温度条件

図1 宇宙・太陽系のさまざまな環境における圧力・温度条件

 研究手法として実験を用いる最大の利点は、研究したい場の圧力・温度・エネルギーといった物理・化学的条件を再現することで、そこで実際に起きている現象を直接観察できるということでしょう。しかし逆に言えば、場の物理・化学的条件を再現することができなければ、外挿などの間接的な形でしか、現象を理解できません。ここには技術的な問題が存在し、これまで高温・高圧あるいは低温・低圧を達成するための実験装置の開発がさかんに行われてきました。物理学の世界で高エネルギーを達成するため加速器がつくられてきたことは有名ですが、地球科学では、たとえばマントルや核といった地球内部の高圧・高温環境がレーザー加熱装置付きのマルチアンビル装置・ダイヤモンドアンビルセル(DAC)の開発により再現され、2010年には地球中心の圧力・温度(360 GPa、5500 K)が達成されました。逆に、宇宙空間のような低圧はターボ分子ポンプやイオンポンプによって達成され、温度にもよりますが1990年代には10-8 Pa以下の極高真空を達成できるようになりました。この幅広い圧力・温度領域の中で、図1に示したようなさまざまな環境を模擬した実験が行われています。
 また、実験産物の分析にも多くの手段が用いられています。岩石地質学を例にとってみれば、露頭の肉眼での観察から始まり、実体顕微鏡、偏光顕微鏡、電子顕微鏡(図2:FE-SEM)、X線回折、さらにはSpring-8に代表されるシンクロトロン加速器を用いたX線による回折やCTスキャンを用いてマクロからミクロまで様々な物性を調べることができます。これらは基本的に、ミクロになればなるほど高エネルギーの粒子線を必要としており、その極限が先に登場した加速器での素粒子実験にあたるでしょう。SIMSやICP-MSといった質量分析装置を用いて、微量元素や同位体組成の分析が行われている分野も多くあります。地球惑星科学の実験的研究は、これから紹介する私の研究も含め、こうした最先端の技術を含む多種多様な実験装置や分析装置の開発によって支えられ、発展しているのです。

操作電子顕微鏡

図2 電界放出型走査電子顕微鏡(FE-SEM)

卒論研究:火道浅部でのマグマの結晶化・蒸発凝縮

 私は学部時代を東北大学で過ごしました。現在は宇宙・惑星を主な研究対象としていますが、私が東北大学で研究をスタートする場所として選んだのは、中村美千彦先生の火山学・地質流体研究室でした。実は、当時から研究対象として最も興味を持っていたのは太陽系や宇宙であり、私の所属していた地球惑星物質科学科には太陽系を対象とした研究室もありました。しかし、学部卒業後に東北大学以外の研究室へ進む可能性を考えていたため、卒業までの1年で研究のノウハウや実験装置の使用法を学べて、研究自体も1年である程度まとまるというのが理想的でした。この両方の条件を満たす研究テーマを提案してくださったのが、中村美千彦先生だったのです。
 さて、その研究テーマとは、浅部貫入マグマにおける「ディクティタキシティック組織」と呼ばれる岩石組織の形成条件の解明でした。この組織は数10 µmの小さな穴だらけのスカスカな構造(図3)が特徴的で、これが形成されると岩石から効率よく水蒸気が抜けるため過剰な圧力がかからず、爆発的噴火が防がれる可能性があるということから、この組織ができる条件やメカニズムを明らかにしようということになったのです。

ディクティタキシティック組織

図3 御倉山(青森県十和田市)の岩石に見られるディクティタキシティック組織

 結果はあまり詳しくは述べませんが(後述の個人ホームページを参照)、実験からこの組織の形成には予想よりはるかに大量のSiO2(シリカ)の水蒸気ガスを介した輸送が効いていることが分かり、大変興味深い結論となりました。ちなみに、このテーマのいいところは、現象の時間・空間スケールが実験時間・実験室の範囲に収まっているということです。起こっている実際の見た目や組成の変化が直接わかるのでイメージがしやすく、実験的研究への入り口としては理想に近い題材に巡り合えたと言えます。

修論研究:原始惑星系円盤でのケイ酸塩の結晶化・酸素同位体交換

 当初の予定通り、大学院からは東北大学以外の研究室に進むことも視野に入れて、研究室探しを始めました。小さいころから興味を持っていた宇宙惑星科学の分野で、かつ物質科学に基づいた実験をやっている研究室ということになると、国内ではかなり絞られてきます。さらに私の実家がある東京近辺で探すと、名前を知っていたのは小惑星探査機はやぶさ2関連で聞いたことのあった橘省吾先生だけでした。他にも宇宙物質科学的な実験を行っている研究者はいましたが、やはり直近の論文などをいくつか見てみて一番興味深かったのが橘先生の研究室だったのです。
 そんな私たちの研究室では現在、実験室での物質進化から太陽系の成り立ちを明らかにするという研究がさかんに行われています。物質といっても太陽系にはさまざまなものがあり、我々の身体をつくる有機物をやっている人もいれば、金属をやっている人、酸化物をやっている人など、研究対象は多岐にわたっています。その中でも、私が興味を持っているのは地球の岩石のほとんどを占めているケイ酸塩、とくに鉄・マグネシウムのケイ酸塩であるかんらん石(図4)です。

かんらん石

図4 地球のマントルをつくっているかんらん石(アリゾナ州サンカルロス産)

地球上のかんらん石(olivine)はほぼ結晶からなっていますが、そのもととなったケイ酸塩粒子は、宇宙空間では非晶質の状態で存在していたと考えられています。太陽系ができた頃、その非晶質粒子はガスとダストからなる円盤の中で何らかの熱プロセスを経て結晶化したと言われており、実験からその描像を明らかにしようというのが一つの研究です(図5)。
 ところで、隕石の中には、地球を含めた太陽系の物質とは全く異なる酸素同位体組成を持つ小さな石のかけらが、ごくわずかに含まれていることがあります。この粒子は、太陽系内での同位体の均質化プロセスを免れた太陽系の材料物質と考えられており、太陽より前の情報を残しているということで「プレソーラー粒子」と呼ばれています。そこで、ケイ酸塩の粒子を低圧H218O水蒸気下で加熱して、ケイ酸塩・水蒸気間の酸素同位体交換速度を見積もることで、プレソーラー粒子の酸素同位体異常が消失する時間スケールを追い、太陽系初期の物理・化学的条件を制約しようという試みも行っています(図5)。

ケイ酸塩の進化

図5 宇宙におけるケイ酸塩の進化

 以上の二つの実験(結晶化・酸素同位体交換)は、ともに原始惑星系円盤を模擬した真空、あるいは低水蒸気圧下で行われます。こうした圧力を発生させることのできる真空ポンプ・配管系に電気炉を組み合わせ、高真空加熱装置(図6)を作成して実験を行っています。

高真空加熱装置

図6 高真空加熱装置

2つの実験の相違点・共通点

 これまで紹介したように、私は火山から宇宙へ、学部と大学院で研究対象をがらりと変えたため、新しく学ぶことがたくさんありました。具体的には、実験の圧力(図1)が大気圧より高い数10 MPa(~107 Pa)から、大気圧より低い10-5-10-1 Paへ変わり、実験装置の扱い方に異なる部分が多くありました。また、学部では必要のなかった同位体分析や赤外分析あるいはナノメートルスケールの組織観察を行うため、新たにSIMSやFT-IR、TEMといった分析装置に触れることが増えました。
 研究対象の変化に伴って変わったことばかりなのかというとそうではなく、共通することも意外に多くあります。たとえば、図1を見ても分かるように温度はほとんど変わらず、加熱にはどちらも電気炉を使います。また、見ている現象についても結晶化・蒸発凝縮という共通点があり、背景にある物理は変わりません。地球惑星科学の世界では、通底する物理あるいは化学の基礎的な理論を理解していれば、ある既知の現象からアナロジー的に未知の現象を理解できることもあります。

おわりに

 大学あるいは大学院という環境は、他になかなか例を見ないほど自由度の高い空間だと思います。一般的な会社において、自ら志願して異なる部署へ異動することは難しいですが、大学なら学士から修士、あるいは博士へ進む際に自分の専門を変えることは簡単です。日本ではそういうことをする人は少ないですが、世界を見れば特別珍しいわけではなく、むしろ複数の専門で学位を持つことが好ましいとされます。また、どんな自然現象についても根底に通ずる数理や物理は共通しており、自然科学の範疇でちょっと専門を変えたところで、その基礎となる思考力・知識があれば新たな分野にもすぐ適合できるのだと思います。
 私の場合は、学部と大学院で場所を変え、それに伴って研究内容が変わったと言っても、手法はともに実験ですし、鉱物学あるいは物質科学というバックグラウンドも共通していたため、あまり説得力はないかもしれません。しかし、専攻には他大学の物理学科出身で地球惑星科学をやっている人や、工学系から来た人もいて、きちんと研究できています。
 もしあなたが学部4年生で、現在の研究が一番面白いというのであれば、それを続けられる研究室を目指すのがよいと思います。また、たとえ今の段階で専門としている分野が気になる研究室の研究領域と違っていたとしても、研究対象を変えることを恐れず、興味のままに研究室を選んでみてください。とりわけ実験ということで言えば、東京大学には豊富な装置が揃っています。東大地惑の研究室で気になるところがあれば、ためらわずに教員へ見学を申し込んでみましょう。そして、自然の長い長い歴史をすべて明らかにするという目的のもと研究をする人が一人でも増えてくれれば、私としても大変嬉しいです。

【参考】櫻井亮輔 個人ホームページ
 https://ryosuke-sakurai.webnode.jp/