学生の声

宇宙プラズマへの進学

岡 光夫(宇宙惑星科学講座・博士2年)

私は毎日を楽しく過ごしています。大学院の博士課程に在籍しながら宇宙に広く存在するプラズマを研究しています。一般に宇宙空間はほぼ真空ですが、実は電荷を帯びたイオンや電子などが宇宙空間を満たしています。温度が非常に高い太陽などの恒星でも物質は全てイオンと電子に解離したプラズマ状態になっています。そして宇宙全体に存在する物質(正確には暗黒物質などを除いたバリオンの質量)の99%はプラズマであると言われています。この体験記では、私がなぜ宇宙プラズマの分野に進学したのか、そしてなぜ研究が楽しいと思えるのか、ということについて研究内容とあわせてご紹介させていただきます。

地球惑星科学専攻の学生として、私は恐らく最も典型的な進学パターンのうちの一つをたどってきたと言えます。高校時代に科学普及雑誌「ニュートン」の影響で宇宙に興味を持ち理系に進学したものの、大学教養時代はサークルやアルバイトに偏重してしまい、天文学専攻への進学に必要な成績がありませんでした。そこで専門課程では、その名称から天文学に近いと感じられた地球惑星科学専攻に進学しました。それでも同専攻での勉強はたいへん興味の持てるものでした。地震・地質から大気・海洋など多岐にわたる事柄を学ぶことができたのですが、いずれも実社会への還元が可能な意義深い研究に発展したり、生命の起源や惑星進化など人類の根源的な知的活動に結びついたりするものでした。どのような事でも深く知るほど面白さが伴うということに気づいたのはこの頃です。

しかし、宇宙プラズマの講義(正確には地球電磁流体力学)ほど衝撃的なものはありませんでした。宇宙プラズマが実社会にほとんど影響しないことや人類にとって重要な哲学的学問でもないことが逆に新鮮に感じたのかもしれません。あるいは天文学ではないところに宇宙という名のつく研究対象が存在したことに意外性を感じたことが影響したのかもしれません。ともかく私はこの講義で初めて宇宙空間が真空ではないことを知ったのです(いささか恥ずかしいことではありますが)。そして(それまでの私にとっては何もないはずの)宇宙空間で衝撃波が伝播するとか磁力線が切れる・繋がるとかいった言葉を聞いたときは、まるで未開拓分野を発見したかのように感じたのです。つまり自分の想像を超えた世界の存在に驚き、感動したのです。講義終盤、当時日本の人工衛星が世界に先駆けて成功したばかりの地球プラズマ圏撮像結果(いわば写真のようなもの)を教官が誇らしげに見せてくださったときには私の心は完全に宇宙プラズマに魅了されていました。

修士課程に進学した私は衝撃波関連現象の課題を与えられました。太陽から超音速のプラズマがやってきて地球磁気圏に遭遇すると衝撃波(バウショック)を形成します。やってくるプラズマは電荷を持っているためその運動は電磁場によって支配されています。大きなスケールで見るとプラズマも粒子の集団なので水や空気と似たように流体として振る舞うものの、衝撃波のように狭い場所(小さいスケール)では強い電流が発生して流体近似が破れる場合があります。そうするとそれぞれの粒子がばらばらに振る舞うため扱いが単純ではなくなります。そこで私は数値シミュレーションによって粒子ひとつひとつを計算し、探査機によって観測された実際の衝撃波データを再現することを試みました。結果は感動的でした。専門的な立場からすると別段驚くべきものではありませんでしたが、粒子の運動方程式を計算するだけの単純なシミュレーション(入力は粒子の初期条件と電磁場の形状のみ)で観測結果が簡単に再現できたのです。まさに複雑な自然を単純な法則で理解しようとする物理学の基本姿勢を私はこのとき体験できました。このことは同時に目指すべき研究のスタイルを示してくれました。すなわち、探査機による観測データにとらわれるのではなく、逆にコンピューターシミュレーションにばかり頼るのでもなく、バランスのとれた研究手法を用いてこそ理解が進むのだということです。

その後勉強を進めていくうちに、衝撃波が地球惑星周辺環境のみならず太陽物理学や宇宙物理学・天文学など広い分野において極めて重要な役割を担っていることが分かってきました。

例えば太陽ではフレアなどの爆発現象が頻繁に発生します。爆発の様子は太陽観測衛星によって詳細に調べられており、メカニズムも太陽物理学分野の研究者によって詳しく研究されています。そして爆発ですから衝撃波が伴いますし、それをつくるのはプラズマですので、私たちの研究していることが太陽物理学に活かせる可能性があります。そのようななかで所属研究室のメンバーとともに野辺山天文台に遠征し、太陽フレアの解析を体験させていただける機会がありました。残念ながら太陽での衝撃波を見ることはできませんでしたが、太陽研究の一端に触れたことで太陽を研究対象として身近に感じることができました。

一方、宇宙物理学で精力的な研究が進められているもののひとつとして超新星残骸があります。超新星爆発で発生した爆風によってやはり衝撃波が発生している領域です。しかも太陽系に存在するものとは比較できないほど強い衝撃波です。なぜこの衝撃波が研究されているかというと、宇宙に広く存在する高エネルギー粒子「宇宙線」がそこでつくられているのではないかと考えられているからです。無論そのメカニズムもまだ解明されていません。従来は理論的な研究が中心であったこの分野ですが、最近ではX線観測衛星の活躍で高解像度の画像が得られるようになっています。そこで再び私たちの研究が役に立つ可能性が出てきました。なぜならば地球近傍の衝撃波については以前から人工衛星を使った直接観測によって詳細な研究が行われてきたからです。衝撃波の強さが異なるという違いはありますが、地球惑星科学で得られた衝撃波の知見と比較検討できるはずです。

米国NASAの「IMAGE」衛星による地球プラズマ圏の極端紫外光写真
Astronomy Picture of the Day: Earth's Plasmasphere
Credit: EUV, IMAGE Science Team, NASA
http://antwrp.gsfc.nasa.gov/apod/ap010131.html

以上のように、地球惑星科学における宇宙プラズマの研究は学際的なものになりつつあります。なぜならば宇宙プラズマは宇宙に広く存在するものであり、それを支配する物理が普遍的なものだからです。私の勝手な解釈ではありますが、20世紀は宇宙空間プラズマ物理学の黎明期であったと思います。宇宙・太陽・地球惑星それぞれの分野が独立に各領域の多彩な現象を発見し、個別に研究していました。そして21世紀を迎えた現在、プラズマという言葉が共通のキーワードとして認識されるようになり、宇宙空間プラズマ物理学の成熟期に移行しつつあるのではないでしょうか。今後は相互に情報交換をしながらそれぞれの分野の特徴を活かした研究が続けられることでしょう。

地球惑星科学ではとくにプラズマの粒子と電磁場の相互作用を詳細に調べることが要求されています。プラズマを遠くから写真にとるだけの宇宙物理学や太陽物理学とは異なり、地球惑星科学では人工衛星によって直接プラズマを観測することができるからです。現在、次世代の地球惑星プラズマ研究の主力を担うであろう探査プロジェクト「SCOPE」が進行しています。複数の人工衛星で編隊を構成して地球周回軌道にのせるというものです。従来は単独衛星によって地球周辺環境の発見的探査を行ってきましたが、今後は複数衛星で多角的な情報を取得し、粒子と電磁場(特にプラズマ波動)の関係が解き明かされるでしょう。なお、計画には学生の意見も尊重されるため学生として積極的に参加することで当該分野の将来的方向性を学ぶ好機になっています。

最後になりますが、私が最近まで悩んでいたことについて少し説明させていただきます。それは自分が研究者になれるかどうかという不安のことです。修士課程のときは指導教官の指導を受けているだけで論文を書かせていただくことができました。しかし、博士課程では独自の研究成果を出すことが求められています。

「ようこう」による太陽の軟X線写真
(C)宇宙科学研究所

単なる情熱や好奇心だけでは克服できない厳しい現実が目の前に立ちはだかっていることを知り、私は不安を感じたのです。そして半年ほど悩んで出した結論はそのことについて考えないというものでした。

黎明期から成熟期へ移行しつつある過渡期にこの分野へ進学できたことは幸運ですし、研究を楽しいと感じることができたのも幸運だと思います。興味のある研究テーマに専念することで、残る学生生活に悔いが残らないよう精進しようと考えています。

 
研究風景: 修士課程進学直後に撮影
米国NASAの「CHANDRA」による超新星残骸のX線画像
Astronomy Picture of the Day: Cas A Supernova Remnant in X-Rays
Credit: John Hughes et al. (Rutgers), NASA / CXC / SAO
http://antwrp.gsfc.nasa.gov/apod/ap020824.html
SCOPEミッションの概念図
宇宙科学研究所・次期磁気圏探査ミッションWGによる
プラズマ・シミュレーションの権威、C.K.Birdsall(チャールズ=バーザル)教授との議論風景
初めて出版された私の論文に掲載されたプラズマのトーラス型速度分布関数の模式図
所属研究室の飲み会で撮影
中央付近でエンジ色の服を着ているのが私です。
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