学生の声
宇宙プラズマとシミュレーションと私
はじめに
私は現在、東京大学大学院理学系研究科・地球惑星科学専攻・宇宙惑星科学講座の星野研究室に所属する博士課程2年の大学院生です。私たちの研究室では、宇宙に広く存在する「プラズマ」と呼ばれる電離気体について、理論と数値シミュレーションを駆使した研究を行っています。ここでは、私が本専攻に興味を持ち、今の世界にどっぷりと浸かっていくまでの経緯を辿りながら、宇宙プラズマや数値シミュレーションの面白さも簡単に紹介したいと思います。本専攻への進学を考えている方、研究室選びで迷っている方の参考になれば幸いです。
宇宙プラズマ物理のはなし
堅苦しい話題を先に済ませてしまいましょう。私の研究対象であるプラズマの話をさせてください。地球のまわりに広がる宇宙空間というのは、何もない全くの真空と思われる方も多いかと思いますが、実はそうではありません。太陽から時々刻々吹きつけるガス(太陽風)や、地球の大気から染み出してきたガスが充満しています。これらのガスの大部分は、個々の原子が電離した気体になっていて、「プラズマ」と呼ばれる状態にあります。プラズマは同じだけのプラスの電荷とマイナスの電荷から成るので全体として見れば電気的に中性ですが、一個一個の粒子は電荷を帯びているため電場や磁場に反応し、地上で見られる気体では考えられないような面白い現象を見せてくれます。
例えば私の修士課程での研究テーマであった「磁気リコネクション」という現象は、反平行状態で接している磁力線同士が互いに繋ぎ替わることによって、磁場に蓄えられていたエネルギーを爆発的に荷電粒子のエネルギーに変換する物理メカニズムとして盛んに研究されています。このプロセスは地球近傍の宇宙空間でも見られる現象で、太陽風が地球の固有磁場に衝突する磁気圏界面(Magnetopause)と呼ばれる領域や、吹きつける太陽風によって地球磁場が引き伸ばされた磁気圏尾部領域(Magnetotail)などで観測されています(図1)。
一方で、この磁気リコネクションはプラズマ中の非常に普遍的な素過程であるため、磁気圏以外のプラズマ、例えば太陽を構成するプラズマ、ブラックホールやパルサーといった高エネルギー天体の活動に伴うプラズマ、また地上の実験室で作られるプラズマなど、様々な場所に形を変えて現れます(図2)。磁気圏で起こるプラズマ現象を理解するということは、実は他の多種多様なプラズマの理解にも繋がっていくもので、こうした応用範囲の広さというのはプラズマに限らず素過程研究の醍醐味のひとつだと思います。
学部進学まで
駒場生時代を振り返ってみますと、そもそも私が進学振分けで地球惑星物理学科を志望したきっかけは、太陽系形成理論の講義に惹かれたからでした。太陽系、地球や他の惑星がどうやってできたのか。現代科学ならあれもこれも分かっているんじゃないかという気がしていたけれど、実際は全然そんなことはなくて分からないことだらけ。複雑な宇宙を相手取り、地上で培った数式を駆使して分からないことに立ち向かうという姿勢が、「摩擦のない床」を考える力学や「無限に広がる導体板」を考える電磁気学といった理想化されすぎた問題ばかりで摩耗した当時の私の頭に新鮮で、ぼんやりと太陽系や宇宙のことがやりたいなぁと思い始めたのでした。斯くして地球惑星物理学科に進学したわけですが、この時点では具体的に何がやりたいか、何ができて何ができないのか皆目見当もつかない状態でしたし、プラズマの「プ」の字も考えたこともありませんでした。
出遭い、そしてシミュレーションデビュー
3年生になると、講義で初めてプラズマ物理に触れます。電磁場中での荷電粒子の運動方程式や Maxwell 方程式といった見知った顔ぶれが並び、それらの基本的な方程式から、プラズマ中で起こる豊かな現象の数々が鮮やかに導かれる様に圧倒されました。とはいえ正直なところ、当時は講義の内容をきちんと理解していたわけではありません。それでも私にとっては、教養課程で教え込まれた実感の湧かない方程式たちが、初めて活きた物理として命を吹きこまれた瞬間であり、この頃から宇宙プラズマの世界に興味を持ちはじめました。また宇宙空間のような極限状態では「粘性のない気体」といった理想化された系も実際によい近似として機能するため、第一原理的な基礎物理との親和性が比較的高く取り掛かりやすかった(と少なくとも初めは思った)のかも知れません。
一方で同じ時期に計算機演習も始まりますが、ここで私は、解析的に解けない非線型方程式をコンピュータで数値的に解く楽しさにハマります。自然というのは基本的に非線型に時間発展するシステムです。非線型な時間発展方程式というのは、それこそ Einstein や von Neumann 級の天才であれば見るだけで解をありありと想像することが出来るかもしれませんが、普通の人間にはそうはいかないので、コンピュータを用いて近似的に解を求めることで時間発展の様子を調べてやって、また目で見て理解できる形に可視化してやる必要があります。こうしたコンピュータを駆使した数値シミュレーションというのは、難しいようですが訓練すれば誰でも出来るようになる類のものだと思います。私の場合も「コンピュータ=ネットするもの」程度のレベルからのスタートでした。無論、訓練にかかる時間や好き嫌いは人それぞれ、という注意は必要ですが。
ともかく、そうした背景もあって学部4年生演習では、星野先生の下で宇宙プラズマの理論解析・数値シミュレーションに挑戦し、プラズマを取り扱う枠組みのひとつである磁気流体力学(MHD; Magnetohydrodynamics)の方程式系を解くシミュレーションコードをゼロから自作することになります。内容については省略しますが、ここでかなりの苦戦を強いられ、悪戦苦闘するうちにコード開発の技術が身についたような気がします。
進学後の生活
当初の興味通り、大学院では修士・博士課程ともにそのまま星野先生の研究室にお世話になることになりました。内容については概ね、冒頭ですでに述べたようなことをやっています。研究室での生活は学部までとは打って変わって、当たり前ですが研究をします。もちろん講義も受けますし、セミナーにも出ます。研究室のメンバーと教科書の読み合わせをしたり、学会に足を運んだり、新着論文もチェックしなければなりませんし、とにかく処理すべき情報量が多くて最初は大変だと思いますが、慣れてくると時間的にも精神的にも自分の研究に割く余裕が生まれてきます。そうなるとしめたもので、寝ても覚めても研究のことばかり考えているときがあります。私の場合は夢の中にまでプログラムのエラーが付き纏ったりもしますが、それはそれで楽しむくらいの心持ちで過ごすことにしています。
研究室での生活というのは、自分一人の生活ではありません。コーヒーを飲みながら研究室のメンバーと議論したり、ランチを囲みながら論文をつまんでみたり。夜には同期と出かけて行って、互いの研究の進捗を肴に酒を呑んだりもします。たまに週末に大学に行けば誰かしらがいて、ぽつぽつとおしゃべりしながら作業を進めたり、また呑みに行ってシミュレーションコードの話で夜中まで盛り上がったり、時にはそのあと研究室に戻ってきて作業を再開したり。そういう生活を楽しいと思えるかどうかで、大学院で過ごす時間の印象は大きく変わると思います。これには本人の適正ももちろん関係するでしょうが、もしかしたらコツみたいなものがあるんじゃないかな、と私は思い始めています。まぁコツはともかくとして、実際に自分も周りも研究中心、という生活に身を置いて自分を研ぎ澄ましていくのはなんとなく気分がいいもので、あなたも病みつきになるかも知れませんね。
おわりに
本稿では私がプラズマ物理に興味を持ち現在の研究室を選ぶまでの経緯を簡単に紹介しましたが、地球惑星科学専攻では他にも大気海洋科学、固体地球科学など多様な講座で様々な分野の研究を行っています。もしあなたがあなたの暮らしているこの地球について知りたい・学びたいと思うなら、興味に合った講座や研究室が見つかるでしょう。まずは門戸を叩いてみてください。先生方も大学院生も、きっと私の拙文よりも饒舌に、活き活きと目を輝かせながら、地球科学・惑星科学の魅力を(もしかしたら延々と)語ってくれることでしょう。そんな世界に、あなたも仲間入りしてみるのはいかがですか?