学生の声

惑星探査ミッションに関わって

彦坂 健太郎(宇宙惑星科学講座 吉川研究室 修士2年)

はじめに

宇宙開発や惑星探査ミッションに自分も関わってみたい。将来衛星に搭載される観測装置の開発をしてみたい。宇宙からの最新の観測データで未解決となっていた問題を解明したい。私の所属する研究室はこういった希望を実現する研究室として昨年新たに誕生しました。
大学院進学情報ページに掲載される文章ということなので、ここでは宇宙惑星科学の分野に進学を希望している、あるいは惑星探査ミッションや観測機器の開発に興味がある大学生を対象に書いていきたいと思います。

図1

研究室紹介

宇宙惑星科学へのアプローチ方法は実に多岐にわたり、多くの研究室があります。簡単に分類すると、データ解析・シミュレーションなどを主とする理論系と機器開発・観測・室内実験などを主とする実験系とがあります。

私の研究室では惑星大気やプラズマ圏といったテーマを研究対象とし、そのために必要となる観測機器の開発を主に行っております。リモートセンシングにより可視光や紫外線といった光の検出を試みます。将来的に衛星に搭載される観測機器の開発や進行中の国際型のミッションに参加できるという点が魅力の一つにあります。 現時点で関わっているミッションには来年度(2007年)打ち上げ予定の月周回衛星計画「セレーネ(SELENE)」や2013年度打ち上げ予定の国際水星探査計画「ベピ・コロンボ(BepiColombo)」などがあります。

研究紹介

私の研究は水星大気撮像カメラの開発で、主にCMOSイメージセンサ等を用いた検出部を担当しております。これはBepiColombo水星探査計画で打ち上げられる二機の衛星のうち磁気圏探査機(MMO)に搭載されるものであり、水星のナトリウム大気の運動を可視化しようとする観測機器(MSASI:Mercury's Sodium Atmosphere Spectral Imager)のものになります。

水星は1970年代のマリナー10号の探査によって、クレーターに覆われたその地表の様子がはじめて撮影され、希薄な大気の存在と固有磁場によって磁気圏を形成していることが明らかにされました。 マリナー10号以来水星の直接探査は行われておりませんでしたが、地上からの観測によりナトリウムとカリウム大気の存在が明らかにされ、さらに2002年にはカルシウム大気の輝線も発見されました。

図2

このように水星に関する研究は進められてはいるものの、水星は地上からの観測が難しく、大気の定量的な値がまだ十分に得られていないため、未知なる問題が多く残されており、そのような問題を解決する目的で観測機の開発を進めています。

水星中性大気は水星表層の岩石との相互作用で生成されたと考えられており、宇宙環境を考えるとその放出機構としては主に、太陽光による光脱離、微小隕石の衝突による気化、太陽風イオンによるスパッタリングなどが候補に挙げられます。私の研究では水星大気モデルを考え、室内実験の結果をもとにシミュレーションを行っております。シミュレーションの結果では放出メカニズムによりナトリウム大気の分布に特徴が表れることが確認されます。 さらにMSASIによる撮像を想定し、MMOの軌道・太陽活動度・ナトリウム大気の明るさなどを考慮することでナトリウム大気が発する光の強度分布を計算し、観測機からの撮像イメージを作成します。

図3

将来的には理論や実験に基づいたシミュレーションの結果と観測機からの観測データとを比較することで、水星大気の生成にはどういったメカニズムがはたらいているのかを探っていきます。

図4

検出器の開発では、上で述べたような問題を解明できる科学的に意義のあるデータをとるにはどのような条件を満たせば良いのかを考え、微弱な光を精度良く確実に測定できる検出システムの研究をしております。
水星は他の惑星に比べ太陽に近いため従来よりも放射線環境が厳しく、それによる性能の劣化による影響なども考慮していかなければなりません。CMOSイメージセンサの放射線照射による性能を検査し、観測機に搭載するイメージセンサとして妥当かどうかなどを調べていきます。

観測機器の開発とは

一言に観測機器の開発といっても観測したいのが光なのか、電波なのか、電場・磁場なのか、あるいは粒子なのかと何を扱うかで大きく変わってきます。さらに光でも、可視光か赤外線か紫外線かなどでも大きく変わってきます。
科学的な観測データを得るには、どういったエネルギーのものがどれくらい来ているのかを知る必要があります。例えば光の場合は分光により目的とする波長のデータを得ることで、天体で起こっている現象について論じることが可能となります。
観測機の性能を上げるには、精度良く目的の波長に分光することや、検出効率の向上が重要とされます。また宇宙に打ち上げるものであるため、小型化ということや耐久性といったことも重要になってきます。

図5

現在研究室で実際取り組んでいる装置の例としては、イメージインテンシファイアという光電子増倍の仕組みで微弱な光を増幅させる装置があります。これは普通ならばノイズに埋もれて検出できないような微弱な光の観測を可能にします。ここでは従来の装置の性能を十分把握した上でさらなる改良を試み、使用する観測システムで実用的かどうかを見るために試験を繰り返しています。

図6

他にはレジスティブアノードという電子の位置検出装置といったものなどがあります。これは光電物質などにより光を電子に変えて検出する際に使用します。ここでは形や大きさの最適化をはかることにより観測機のさらなる小型化を狙います。
宇宙からの観測には大きな魅力があります。例えば、地上観測で問題となる大気のゆらぎの影響の回避や、大気に吸収されてしまうため地上では観測できないような波長の観測が可能となります。しかし、逆に宇宙空間での観測だからこそ生じる問題(熱、放射線耐性、高い信頼性)もあり、こういった問題を考慮に入れながら最適な観測機の開発を目指していきます。

BepiColombo水星探査計画

図7

日欧協力によるBepiColombo国際水星探査計画では2013年に水星探査機(MMO,MPO)の打ち上げが予定されており、私の研究室ではMMOの水星ナトリウム大気観測機開発チームとMPOの紫外線観測機開発チームとして参加しております。これらの観測機はフランスやロシアのチームと共同で開発を進めており、左の写真は年に2、3回ある水星会議の様子になります。

図8

MMOに搭載される水星大気撮像カメラ(MSASI)にはファブリペロー干渉計という光の干渉の性質を利用した分光装置が用いられます。これは惑星探査では世界初の試みであり、実現すれば高い波長分解能が得られます。 またMPOに搭載される紫外線観測機はヨーロッパのESA主導のもとで行なわれており、私の研究室では紫外線のなかでも特に検出の難しいとされる極端紫外光や遠紫外光の検出を可能にする装置の開発を進めております。ここでは検出効率が最大となる検出システムの開発が進められています。

月軌道周回衛星セレーネ(SELENE)

図9

地球プラズマ圏は1998年に日本の「のぞみ」衛星が地球を周回した際に初めて撮像に成功し、プラズマ圏撮像技術が確立しました。この時の技術をさらに発展させ月探査や水星探査に応用していきます。
SELENE衛星に搭載するプラズマ圏撮像器はこれまで観測されてきたヘリウムイオン共鳴散乱光だけでなく酸素イオン共鳴散乱光も対象としており、これは世界初の試みです。こうしたプラズマ圏の撮像観測によって、いまだに明らかにされていないプラズマ圏の構造や運動、そしてその背景にある物理の解明を目指します。
SELENEは来年打ち上げということで、観測機自体の開発はすでにほとんど終わっているのですが、ここでは観測機開発における最終フェーズとなる環境試験に立ち会うことが出来ました。
環境試験とはロケット打ち上げ時や宇宙空間での観測環境を想定した最終試験として、振動試験、衝撃試験、熱真空試験、磁場試験などを行います。これらの試験をクリアすることで観測機は衛星本体に取り付けられ、打ち上げを待つことになります。
写真10から13はその時の作業の様子になります。試験のためのセンサの取り付け、観測機全体の振動試験、毎回行なわれるミーティング、観測機のセッティングなどをこれまで開発を進めてきた人たちやその研究室の人たちと一丸となって作業をしました。
私の研究の対象となるBepiColombo水星探査計画は打ち上げ予定が2013年とまだ少し先のことですが、こういった観測機器開発の最終フェーズを経験することができたのは貴重な体験だったと思います。目の前にある観測機が来年には宇宙に打ち上げられ観測をするのかと思うと非常にわくわくしてきます。

最後に

大学院に進学して1年と3ヶ月が経ちましたが、この間実に様々なことを経験できました。学部生の時は惑星科学を中心に勉強しておりましたが、観測機器の開発についてはほとんど触れる機会がなかったためどれも新鮮でした。ここでは全てのことを挙げることは出来ませんでしたが、惑星探査ミッションに関わって学生生活を送ることの一部が見えたかと思います。この分野についてもっと知りたい人、あるいは進学を考えている人は研究室のホームページなども参考にしてみて下さい。

惑星探査に興味があっても学部時代はなかなか具体的な形が見えてこないと思いますが、研究室を選ぶ際はどの研究室も学生の訪問を歓迎しているので、実際話を聞くことで自分のやりたいことや、それができる研究室が見つかると思います。また観測機器の開発には幅広く色々な知識が必要となってくるので、大学時代は他の分野であってもそこで得た知識を生かす場面は数多く出てくると思います。