学生の声

大学院生活
  上木 賢太 (固体地球科学講座 博士1年)

 

はじめに
みなさま、こんにちは。僕は現在、東京大学大学院地球惑星科学専攻の博士課程に在籍しています。東京大学理学部地学科を卒業して、大学院入試を経てこの専攻に進学しました。これから、研究についてそして大学院生活について書こうと思います。

研究紹介:沈み込み帯
太陽系の他の惑星には見られない地球固有の大きな特徴として、プレートテクトニクスがあります。例えば東北日本では、日本海溝から冷たい海洋プレートが一年に約10cmの早さでマントル内部へ沈み込んでいます。このような、プレートがマントル内部に沈み込んでいる地域は、沈み込み帯と呼ばれています。地表から地球内部へプレートが沈み込んでいる沈み込み帯は、地球内部への物質流入口と言うことができます。沈み込み帯を詳細に知ることが、地球内部の進化や物質循環などを知る第一歩になります。


東北地方や伊豆諸島などのように、沈み込み帯ではしばしば活発な火山活動がみられます。このような火成活動は沈み込み帯火成活動と呼ばれています。地表の火山活動の多くは、マントルの岩石が部分的に溶けて出来たマグマが地表に吹き出した結果だと考えられています。なぜ、冷たいプレートが沈み込んでいるはずの沈み込み帯マントルでこのような融解が起きているのでしょうか。

沈み込み帯では、沈み込む固く冷たいプレートに引きずられることで周囲のマントルも運動することが数値計算から分かりました。この作用で、深部の高温のマントルが浅部に引きずり出されることで融解が起きることが考えられます。また、水の効果も大きいと考えられています。マントル内部に沈み込むプレートは水を含んでおり、地表から水を地球内部に持ち込みます。水はマントルの岩石の融点降下を引き起こします。つまり、水が存在することで岩石はより低温で溶けることになります。このように、沈み込み帯ではマントルの運動や水といった様々な効果の相互作用によって火山活動が起きていると考えられます。また、沈み込み帯火成活動を研究することが、水や運動など沈み込み帯内部の出来事を理解する鍵になると考えられます。

沈み込み帯でのプロセスを再現するには、運動、熱、水の循環、溶融などの関わる複雑なプロセスを同時に考慮しなければならないため、これまでは実際に沈み込み帯内部でどのようなことが起きているかは良く分かっていませんでした。僕は特に沈み込み帯火成活動に着目し、天然の試料の分析やシミュレーションなど多様な手法を複合的に用いて、物理・化学的な定量的議論を行うことで沈み込み帯でのメルト生成や物質循環プロセスを解明しようとしています。沈み込み帯を研究することで将来的には全地球規模の物質循環過程を明らかにしたいと思っています。

研究紹介:フィールドワーク
天然の火山岩を用いて研究を行っているので、一年に何回かサンプリングに出かけます。秋田県や岩手県付近の、岩手山、八幡平や秋田駒ヶ岳などの標高1000メートル以上の火山が僕のフィールドです。地図や文献などを参考にして計画を立て、火山に登ります。溶岩流の露頭は山の上にあることが多いので、サンプリングの一日はほとんど歩いて登山することに費やされます。普通の登山と違う所は背中にハンマーと重い大量のサンプルを背負っている所です。雨にも負けず風にも負けず雪の季節には行きませんが夏の暑さにも負けずノートとGPSを片手にハンマーを振るって火山岩をサンプリングします。ひと気のない山中にハンマーと石がぶつかる音が響き渡り、このサンプルから誰も知らない新しいことを自分が知ることができると思うとハンマーを握る手にも気合いが入ります。朝早くからサンプリングを始め、暗くなる前に終えてサンプルを背負って下山し、夜は食事と現地の温泉で体力を蓄えて明日の作業に備えます。登山やハンマーで体を動かすのでご飯をたくさん食べます。特に、山奥なので山菜が美味しいです。山の上で食べるお弁当も楽しみです。何度もフィールドに通ううちに、現地の人々と仲良くなって親切にしてもらうこともあります。サンプリングした石は段ボール箱に詰めて宅急便で大学に送ります。

サンプリングで持ち帰った試料は実験室で洗浄や粉砕などの処理をしたあと組成を分析します。また、観察するために薄片も作ります。これらの作業は、内容によっては海洋研や地震研など他の研究所で行うこともあります。作業量も多く、コンタミネーションにも気を遣うため細心の注意が必要です。神経を使うので、作業を終えて分析結果のデータが出るとほっとします。

このようにして得られたデータを解析することで研究を行います。分析結果のデータが出てからが研究本番です。データを眺めて、モデルを立てて検証したり過去の研究と比較して自分で考えて天然のデータが持つ意味を解析して行く、この過程が研究の最もおもしろい所だと思います。研究の成果は学内のゼミ、そして年数回の学会で発表します。自分でしっかり考えたり、指導教員や周囲の学生と議論を重ねたりして必要であればまた新たなサンプリングや分析、そして考察を行います。このような過程を経て最終的に論文にまとめて発表するまでが研究の一つのサイクルです。

大学院生活:環境
大学院では、このような自分の研究活動だけではなく、授業やゼミ、勉強会などにも出席する必要があります。もちろん普段から自分で教科書や論文を読んだりして勉強もします。特に修士になったばかりのときは、まだ生活に慣れていなかったことと履修する授業の数が多かったことから、あっという間に日々が過ぎて行ってしまったことを覚えています。開講されている授業内容の幅広さはこの大学院の大きな特徴だと思います。履修したい授業が重なってしまい、困ったこともありました。時には学内外での研究集会などに出席することもあります。海外や他大学から研究者を招待してのシンポジウムや集中講義もたびたび行われています。このように、自分の大学に居ながらにして様々な分野の最先端の内容を知ることが出来ます。

地球惑星科学専攻のほとんどの学生が生活している理学部一号館は、本郷キャンパスの真ん中にあり安田講堂が目の前です。生協食堂、購買部、書籍部やコンビニ、大学の運動場など様々な施設が歩いて5分以内の距離にあり、とても便利です。春には大学構内や近くの上野公園でのお花見、夏には隅田川の花火大会を窓から見ることができます。秋は銀杏並木の色づきを眺め、冬には忘年会などで鍋を囲むこともあります。建ったばかりの新築の建物なのできれいで環境もとても良いです。

大学院生活:ひとびと
地球惑星科学専攻にはとても多くの研究者や学生が在籍しています。それぞれが、観測、フィールドワーク、分析、室内実験、理論、シミュレーションなど様々な手法を用いて、地球の大気海洋、地殻・マントル・コア、地球以外の惑星から古生物、生命の起源に至るまで非常に様々な対象を研究しています。学生部屋が混合だったり授業やゼミも合同で行われていたりと、異なる研究室・研究グループや講座間でも学生同士の横のつながりは強いです。ほとんどの学生が複数のゼミに参加しており、様々な教員や学生と議論する機会があります。学生のバックグラウンドも多様です。地質学や地球物理学系の学部にいた学生はもちろんのこと、学部生時代は物理、化学や生物の勉強をしていた学生も大勢います。海外からの留学生やPDも大勢います。このように多様な学生が在籍しているため、特にフィールドや学会の時期には、日本各地そして時にはアメリカ、ヨーロッパや台湾など海外からのお菓子や地酒などのお土産がもらえます。フィールドであがった成果や土産話を聞いたりするのも楽しいです。

大学院に入ってから、自分のフィールド以外にも何度か野外に出かける機会がありました。修士1年の夏には海洋研の研究航海に乗船しました。淡青丸という研究船に乗って太平洋沖へ約2週間の航海でした。水深数千mの海底にそびえる海底火山の岩石をドレッジと呼ばれる方法で採取しました。幸い天気にも恵まれてあまり船酔いもせず、船の上から見渡す周囲すべてが穏やかな青い海で、海に沈む夕日を眺めたり、飛び魚やいるかを目にするなどとても印象に残る航海でした。船の上で食べたかき氷も思い出深いです。研究内容によっては年に何回も、南半球など海外まで航海に出かける学生もいます。

毎年学生主催の見学旅行も行っています。一泊または日帰りの巡検です。去年は富士山で火山地形を、丹沢で変成岩を見学しました。この巡検は計画するのも案内するのも学生です。詳しい学生に岩石の持つ意味を説明してもらったりディスカッションをしたり、温泉に入ったり名物を食べたりと盛りだくさんです。他にも、手伝いと見学を兼ねて他の学生のフィールドワークについて行くこともあります。逆に、自分のフィールドワークに教員や学生が手伝いにきてくれることもあります。

最後に
このウェブページを見ても分かるように、我々の所属している地球惑星科学専攻では様々な方法で研究が行われています。巨大な調査船で海外まで調査に出かける人、装置を工夫して実験を行う人、理論をもとにモデルを作ってシミュレーションを行う人、一年に数ヶ月間を野外調査で過ごす人など…。様々なターゲットに対して様々な方法で、「地球と宇宙を知る」という大きな目標のもとに研究を行っています。

我々が目にしている現在の地球の姿は、宇宙が誕生してからこれまでの歴史とプロセスを反映しています。地球、宇宙の姿は我々と比べてあまりにも大きく、そしてあまりにも長い歴史を持っています。しかし、自然に残された記録を丹念に読み解くことで地球の、そして宇宙の歴史を我々の手で解明することが出来るかもしれません。地球惑星科学を学ぶことで、これまでは何気なく眺めていた地形、岩石、火山や地震活動などの現象が、様々な“意味”を持っていることが分かります。自然から引き出した情報をもとに自分で自由に考えることで地球、そして宇宙を知ることが出来るということが僕にとって地球惑星科学の最も大きな魅力です。地球科学の分野には、今まさに解明されつつあることや、まだ分かっていないことがたくさんあります。地球惑星科学について興味がある方は、ぜひ気軽に研究室を訪れて出来るだけ多くの教員や院生に話聞いてみてください。