学生の声
佐々木 潤 (固体地球科学講座 博士2年)
はじめに
私は今、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻に所属しており、変成岩という岩石を対象として野外での地質調査やシミュレーションなどに基づいて研究を行っています。今でこそ、固体地球の謎解きに挑んでいるわけですが、学部は早稲田大学理工学部物理学科を卒業したので、今の専攻に入学した時点では、地球科学に関してはドのつく素人でした。プレートテクトニクスやマントル対流などの基本概念に関して漠然としたイメージがある程度で、石なんて真面目に見たことなどなく、地学も最後に学んだのは中学校なのでほぼゼロからのスタートという状態でした(変成岩に関しては言葉すら知りませんでした)。そんな私がこの道に進んだ経緯そして自分の研究について、述べてみたいと思います。
進学の経緯
学部4年生のときは宇宙物理系の研究をしており、天体の爆発現象(超新星爆発)に絡む素粒子(ニュートリノ)の輸送現象をシミュレーションにより計算していました。この研究を選んだのは、昔から宇宙が好きで科学雑誌なんかをよく読んでいて、宇宙に強い憧れを持っていたためです。そして、大学院ではより観測と密接に関わった理論研究がしたいと思い、東京大学の天文学専攻へ進学しました。同じ天体現象を扱うにしても、天文学では、個々の星を対象にしてより具体的な観測データとつき合わせて理論研究が出来るからです(ときには観測の手伝いもできる)。実際に、マゼラン星雲中で起きたある超新星爆発を対象にシミュレーションでの研究をしていました。しかし、研究を進めるにつれて徐々に違和感を覚えるようになっていました。というのは、いくら観測データと絡めて研究しているからといって、マゼラン星雲の遠さゆえに現象を‘見ている’実感がわかなかったのです。もう少し対象を近くに感じたかったのです(完全に個人的な主観で好みの問題です、遠さゆえにロマンを感じる人もいるでしょう)。この時点で自分が本当にやりたい研究とは何かを模索し始めました。周囲の人々へ相談したり、専門外の公開セミナーへ参加したり、いろいろな文献に触れたり、寺での禅修行により自分を見つめなおしたこともありました。とあるセミナーでは、蝶の生態に関する研究の話を聞くことができました。ある種の蝶にマーキングをすることで、その移動範囲・分布を調べ、かなり広範囲にわたり移動している(~百キロ/一日、~千キロ/季節)ことがわかってきた、という研究です。この種の研究は、局所的な実地調査の積み重ねによって大規模な現象が浮かび上がるという構造を持っています。私はそこに魅力を感じ、今後の進路を見極める一つの指針となりました。この経験が持つ教訓としては、完全に専門外の話を聞けば思わぬところに道が開けるということでしょうか。現在、道に迷っている人は試してみるといいかもしれません。さて、そのような実地調査に基づく研究では実際にモノを見て感じることが出来ます。このような調査を基礎にして、なおかつ物理的な研究(この要素は必須)ができる分野がないかと悩んだあげく、最終的に地質学に辿りつきました。地質学では、野外調査を通して自分の目で研究対象となる岩石を観察することができ、なおかつ物理学的なアプローチが可能だと思ったからです。そして、指導教官となる岩森先生へ話を聞きに行くことで、その考えが確信に変わり、現専攻への進学を決意しました。
つまり、私の場合、どの現象にも背後には(広い意味で)同じ物理現象が潜むがゆえ、対象に迫るアプローチ方法により分野を選択した方が自分の興味に沿った形で研究できると判断したわけです。「遠くのマゼラン星雲よりも近くの四国」ということになります(四国は私の調査地域です)。これは、宇宙をやるか、地球をやるか、はたまた物質科学をやるか、という対象による選び方とは別に、シミュレーションにするか、野外調査にするか、実験にするかという手法による選択もあるということになります。実は、これは重要な視点で、次々節でのべるように研究手法は研究生活のスタイルに直結してくるので、日々の充実感に大きく影響してくることになります。
進学後
つぎに、実際に地球惑星に入ってからの話をしようと思います。先程、述べたように地球科学、とくに地質学に関しては中学生レベルの知識しかなかったため、主に学部生向けの基本的な授業や実習をこなしていきました。講義形式の多い物理・天文時代とは趣が異なり、顕微鏡観察や野外での実習などはじめは戸惑いもあり、長年の経験が必要とされる地質学において自分のような人間がやっていけるかという不安も抱えていました。しかし、経験を積むにつれ、地質学の面白さを実感し、そのような不安も(ある程度は)解消されていきました。実際、フィールドに出てみると、人間の想像をはるかに超えた自然の姿に驚かされます(岩石が流動している!)。そして、たかだか数mm~数mスケールの現象がプレートテクトニクスのような地球規模の現象と直結しているとわかると感動すら覚えます。やはり実際にものを見るのは面白く、自分の決断に後悔はありませんでした。
修士課程の研究では、変成岩中に出現する褶曲という変形構造をシミュレーションで解析して天然系と比較するということを行いました(詳しくは次々節)。先行研究では、現実的なシミュレーションと天然系を結びつけるという視点では行われておらず、そこにオリジナリティが発揮された結果になります。これは、明らかに現専攻に進学する以前の蓄積が反映されたものと考えることができます。つまり、学部までのバックグラウンドは確実に研究に反映されるということ、また違うバックグラウンドを持っていればオリジナルな研究が出来るということを意味しています(もちろん、初めは苦労しますが)。地質学は100年以上も前から岩石種の記載などの基礎的な研究がされており、現在では大まかな構造がわかっている地域も多いです。従って、地質学素人の人でも、偉大なる先人達の記載学的研究を土台にすれば十分面白い研究ができる可能性があるでしょう。
研究生活
他の方の記事と重複する部分もありますが、大学院での研究生活について述べたいと思います。基本的には、年数回ある学会と週数回のセミナーや輪読会をこなしつつ、それ以外の時間帯に自分の研究を進めて来たるべき学会やセミナー発表に備えます(修士1年ではこれに加えて授業があります)。時期によってはかなり忙しくなるので、高いモチベーションが必要です。やはり、最初の研究室選びが肝心ということです。では、自分の研究の時間は具体的に何をして過ごすかというと、分野や人によりけりです。PCに向かう(シミュレーションのプログラミングや分析データの解析など)、試料をいじる(分析や観察など)、野外調査をする(山へ登る、船に乗る、海へ潜るなど)、実験するなどで、どの人にも共通しているのは、関連分野の人とのディスカッションと論文・本での勉強です。私はというと、年に2,3回程度、主に山で岩石調査をし、日常的には採取した岩石の処理、観察、分析をして、合間を縫って誰かと議論したり論文を読んだりモデリングやシミュレーションをしたりしています。それぞれ、天然との対話、人との対話、先人との対話、自分との対話として位置づけられ、それぞれに刺激があり研究の駆動力になります。
本専攻は扱う分野の幅が広く、宇宙・惑星から地球表層(大気・海洋・生命)、地球内部(地質、地震など)など多岐にわたります。院生部屋にはこれら異分野の人が共存して生活していて、専門外の話も聞くことができ自分の視野が広がる気がします。セミナーも幅広い範囲をカバーしたものも存在し、分野横断型の研究もしやすいのではないかと思います。 また、年に数回、いろんなグループで巡検が企画されます。石の上でひたすら議論したり、夜はバーベキューなどで盛り上がります。思う残分、地球と自然を満喫できたりもします。日本トップクラスの偉大な教授が手料理を披露したり(味は別として)、意外な一面が見えて面白いものです。
居室のある建物について。研究室にもよりますが、私は理学部1号館にいて、優秀な教官陣、学生、分析装置がそろっていて研究するには最高の環境です。徒歩30秒以内にコンビニ、スポーツジム、観光地(三四郎池、安田講堂、銀杏並木)もあるので、リフレッシュにもよい環境だと思います。
研究内容
自分の研究についても少し紹介しておきます(勧誘も兼ねて)。対象は四国地方の三波川帯というところに産出する変成岩という岩石で、これは砂、泥などの堆積岩や凝灰岩、溶岩などの火山由来の岩石などが、プレートの沈み込みに伴って地下深くまで潜り込み、そこで力学的な変形や高温、高圧環境がもたらす化学的な作用(変成作用)を被って再び上昇した、言わば二次的な岩石だと考えられています。地下深くの物理化学作用を記憶しているので元の岩石と比較することにより、地下で起きている現象を解明できる可能性を秘めています。例えば、マグマ活動などに影響を与える水の挙動や地震のメカニズムに関する情報を記憶しているかもしれません。しかし、このように地下深くまで潜り込んだ岩石がどのようにして上昇してくるのか、その詳細なヒストリーがわかっていません。この変成岩のヒストリーを読み解く観点は2点あります。まずは、変成履歴。地下の高圧、高温環境にさらされることで元の岩石の鉱物が安定な鉱物へと移り変わります。これは熱力学法則に従う現象で、化学平衡にある鉱物組合せを同定することで過去の温度や圧力に関する情報を引き出すことが出来ます。次に、変形履歴。プレート運動とリンクした形で不均質な応力場が発生し岩石を流動変形させます。図にあるような変形流動組織から過去の応力場がどのようなものだったかを再現しようというものです。このような現象は粘性流体の力学を考えることで説明されます(弾性力学ではない!)。私の修士の研究はこの変形履歴を読み解こうとするところが出発点となりました。褶曲構造という波状構造に注目し、その成因を解き明かすことで、変形を読み解く手がかりになるだろうと考えたのです。一般に、金属棒などを棒に平行な方向から力を加えると、中央を基点として山なりに屈曲するのが想像できると思います。基本的にはこれと同じ現象で、岩石が圧縮されると棒(に相当する固い部分)と周りの物質の粘性比に応じてある波長を持った周期構造が現れます。しかし、天然の褶曲構造はより複雑でいくつもの波長が重なり合った構造をしていて形成過程がよくわかりません。私はシミュレーションによりこれらの複雑な周期構造を持った褶曲波形の形成過程を調べ、天然の構造と比較することでその成因を特定したわけです。例えば、図にあるような構造は元々の多重に積層した変形層(棒に相当する部分)の相互空間配置を反映して形成されることがわかりました。これにより、岩石の物性や応力を直接反映した構造(波長)を抽出することが可能となり、過去の応力場の情報を引き出せる可能性を示唆しました。また、この現象は長さスケールに依らない現象であるため、プレートスケールの大規模な変形構造にも重要な示唆を与えました(つまり、変形している部分がプレートのミニチュアモデルを与えると思ってよいということです)。
変成岩には褶曲以外にも極めて多様な組織、構造が露出しており、様々な物理化学現象が絡んでいると考えられます。褶曲に代表されるような変形構造には混相流体の力学、鉱物脈には岩石の破壊と結晶の溶解・沈殿現象、また反応帯のような鉱物の反応と元素の拡散現象が結合したような組織も出現します。私の現在の研究は、このような多様な組織のうち最も普遍的に出現する縞状構造の形成についてです。縞状構造は、上述の褶曲構造を規定する初期構造であり、また変成作用に関して何らかの情報を保存している可能性もあるため、その形成メカニズムを知ることは重要です。しかし、そのような構造は岩石の流動・破壊や化学的な反応と拡散の結合現象、あるいは元の岩石の堆積構造を反映したものとも考えられ、成因の特定は容易ではありません。今後、縞状構造の空間パターン、鉱物の出現パターン、微細組織、岩石の産状、平均組成と多角的に調べ上げていこうと考えています。
変形・変成作用は地下深く(~数十km)で数百万年~数千万年の長い時間をかけて起きる現象なので、地震や火山噴火のようにリアルタイムに現象を追跡することが出来ません。また、前述の通り多種多様なプロセスが絡んでいる可能性があります。従って、現象を読み解くには、観察、分析、理論計算、実験など様々なアプローチによって、また、地質学的、物理的、化学的など様々な見地から総合的に迫っていく必要があると思います(これは地球科学のどの分野にも言えることですが)。つまり、それだけいろんな「目」や「手」が必要なわけで、いろんなバックグラウンドや経験を持った人を必要としていると言ってもいいと思います(もちろん生粋の地質屋さんがいるという前提です)。現在の自分の分野に関わらず、少しでも興味を持ったら、ぜひ話を聞きに来て下さい。変成岩の現物もお見せできると思います。
さいごに
これまでの話は、別に物理to地質に限った話ではなく、いろんなバックグラウンドを持った人がいろんな分野へ飛び込んでいっていいと拡大解釈ができるかもしれません。道に迷っている人は、そのような幅広い視点をもって、でも慎重になって考えてみてください。その際に、この記事が少しでも参考になれば幸いです。