学生の声

研究紹介を兼ねた研究生活への勧誘
中村 仁美 (固体地球科学講座 博士1年)

 


 「小さい頃から火山が好きなんです.火山の研究がしたいんです.」と,ある女の子に言われました.あれは,1月頃だったでしょうか.彼女は,私がティーチングアシスタントをしていた講義を受けていた学部学生の一人でした.偏向顕微鏡の実習をしながら世間話をしていたときに「研究室はどこにするの?」という私の問いがきっかけだったと思います.地球惑星科学専攻では,理学部地学科3年生の冬から春先にかけて,研究室を決めることになっています.(大学院生は理学系研究科所属ですが,学部学生は理学部地学科所属になっています.所属は違いますが,研究室に入ると同じ研究室仲間ということになります.詳しくは組織の項目をご覧下さい.)学部3年生のときは,いわゆる「専門的知識」を講義や実習等で身につけますが,学部4年次からは各研究室に分かれ「自分の研究」を持つことになります.地球惑星科学専攻内の同じ講座であっても,研究室によって研究内容は全く異なります.例えば,私の所属する地球惑星科学専攻固体地球大講座では,ある研究室は地震波形計算の一般的理論とそれに基づく地震波形トモグラフィーや超高温・高圧実験から,地球内部の3次元構造及び構成物質とその状態を解明することを目指していますが,別の研究室ではフィールド調査や質量分析等から地球のダイナミクスを解明しようとしています.このように目的は同じでも手法が様々で目的に至るプロセスも大きく異なっています.更に,同じ研究室であっても同じ研究をしているわけではありません.枝葉のように細かく分かれている研究分野が集まって,各研究分野の様々な手法と思考を総括し,全体としての地球を捉えようとしています.ですから,先述の「火山好き」の彼女は,火山に関する研究をしている幾つかの研究室の中から,「火山の何が好きなのか,何が知りたいのか(例えば,噴火すること,火山のできる場所,温泉の色の違い等々)」ということを考えながら研究室を選び,やがて自らが抱いた疑問を解明するプロセスと手法を考えていくことになると思います.

溶岩流の上を歩く(ハワイ) 足元の状態(ハワイ)

しかし,「火山好き」の彼女のように,明確な意思を持って地球惑星科学の分野に進学する学生はあまり多くないのではないかと思います.現に,博士課程にまで進学し研究を続けようとしている私は,全く地球科学に興味がありませんでした.駒場の学部学生2年次に進学先を決めなければならなかった時,大学院に行く意思は露もなく卒業だけが目的の大学生活を送っていましたから,「生物系でない分野」というだけの理由で理学部地学科地質鉱物学専攻を選びました.そんな私が大学院へ進学した理由は,「自分の研究の位置を知りたかった」からです.地学科3年生の冬に何となく選んだ火山という研究分野の中で「沈み込み帯」という大きなテーマと出会い,卒業研究として「自分の研究」を持ったとき,初めて疑問が浮かびました.「沈み込み帯の研究は,地球科学の分野でどういう位置をしめているのだろうか,自分の研究が解明すると地球科学の何が分かることになるのだろうか」,研究そのものの疑問ではありませんでしたが,地球科学の世界の構成を知りたいと思ったことが大学院に進学しもう少し「自分の研究」を続けるきっかけとなりました.冷静に振り返ってみると,私の「沈み込み帯の研究」は学部学生時代の刹那的な生活に端を発しているのかもしれません.自分の力を超越した事象に対する苛立ちともどかしさが,複雑系,カオスそして非線形といった未知のものに新しい解を与えうるような言葉に反応し,因果律で自然現象を説明する地球のサイエンスに傾く結果を生んだとも思うのです.まあ,人間の行動に対する理由付けというのは多くの場合「あと知恵」というものでしょうから,私の場合も例外ではないと思いますが.

夜になり、溶岩流が映える(ハワイ) 軟らかい溶岩(ハワイ)

研究生活
 私の研究生活は年数回の学会を中心に動いています.学会を目安に研究計画を立て,自分の研究に不可欠な野外調査(フィールド活動)に出る時期や分析時期を決めます.また同時に,週3,4日は各種のセミナーや勉強会に参加し,同種異種交流をしています.異種交流としては,同じ固体地球大講座内の地震やダイナミクス,高圧実験などといった異なる分野間の横の繋がりを重視しています.これは,お互いの分野の最新の研究を単に紹介するだけではなく理解していくことで,全体として地球内部を理解することができるのではないかというのが狙いです.各自の専門を深く追求すると同時に,全体としての地球を捉えるという地球科学そのものの目的が理念にあります.更に,年に数回は研究室の同僚の野外調査に同行したり,野外巡検を企画したりと自分の研究とは別枠のこともします.昨年は,同僚のフィールドである青ヶ島(東京から360km南),学生巡検で富士,阿蘇山さらにハワイ島で現在も流れている溶岩も見に行きました.ハワイ島では流れている溶岩をすくうことができ,非常に貴重な体験をすることができました.また学会の他に他大学との交流の場として,「火山若手の会」があります.この会は,1990年に結成され,毎年夏に行なわれる「火山夏の若手の会」を主たる活動としています.対象は,火山及びその関連分野を研究する人で、 特に学生・研究生・助手なりたてといった若手の人たちの間の自由な討論・交流を目指しています(若手の会HP引用).昨年2002は阿蘇山で開催され,一昨年2001は有珠山で行なわれました.発表や討論会だけでなく,巡検も兼ねて行なわれるのでフィールドワークの勉強にもなります.今年度2003は草津で行なわれる予定です.詳細はhttp://hakone.eri.u-tokyo.ac.jp/wakate/wakate_info.html にあります.

研究内容
では,私の研究について触れてみたいと思います.昨日のニュースで「阿蘇山の火山活動がやや活発であるが,すぐ噴火ということにはならない」という話がありました.これは,阿蘇中岳の火口からの噴煙の規模,地震波観測,火山灰などの噴出物の形状や組成,地熱観測などから予想されることです.これらのことは,常に監視をし,統計を取り続けているため分かることも多いのですが,噴火してからの対症療法ではなく,噴火のメカニズムを探ることでより進んだ「火山国の中で生きる方法」を考えていかなければなりません.例えば,「溶岩の粘性と噴火の激しさに繋がる発泡の関係」が明らかになれば,災害予防に繋がるでしょう.これらの研究は明らかになればすぐにでも社会に役立つ研究ですが,これらの研究の土台になるもっと基礎的なもの言うなればもっとサイエンス寄りなもの,それが私の研究です.天然を対象とした基礎的な研究ですから必ず美しい解が得られるとは限りません.様々な要因の結果として起こる或いは起きた天然の事象に対しその原因を探るのは非常に困難なことですが,地道な研究活動からありとある可能性を丁寧に検証し,最終的にモデルをたてます.このモデルを論理的且つ,定量的に示すことが求められます.新しいモデルには必ずアイデアが必要で,これはとても重視されます.浮かんだアイデアをどこまで理論的に固めることができるか,といったある意味「ゲーム」に近いものがあるかもしれません.

初めてのフィールド、経ヶ岳(福井県)
霧の濃い白山山頂付近(福井・石川・岐阜県境)

 さて,前置きが長くなりましたが,私の研究の大きなテーマは「沈み込み帯の火成活動を明らかにすること」です.とても明快なテーマです.火山の多い日本は沈み込み帯の一部です.これを島弧と言います.特に東北日本は代表的な島弧です.東北日本には沢山の火山があって,これらの火山が海溝に対して平行に綺麗な列をなしているように見えるからです.東北日本の火山を見ているとある規則性をもって並んでいるように思えます.実際,火山の化学組成を調べてみると,太平洋側から日本海側に向かって横断する方向でアルカリ元素などの化学組成が変化していることが分かっています.また地震波の観測から,横断する方向で深発地震面が深くなっていることも分かっています.こうした事実を手がかりにして,80年代頃盛んに島弧の火成活動についてのモデルが考え出され,変遷を経て現在に至っています. そこで,中部日本を調べてみたら沈み込み帯の火成活動が分かるのではないか,というのが私の研究の着眼点です.ここで,中部日本というのは,北は新潟県や福島県辺りから南は岐阜県福井県辺りまでを考えています.中部日本の火山は,東北日本と違って,規則性を持たない配置をしているように見えます.これは中部日本の火山が,非常に複雑なテクトニックな場にあるためです.中部日本では,ユーラシアプレートに東南東方向から太平洋プレートが沈み込み,さらに南東方向からフィリピン海プレートが太平洋プレートに覆いかぶさるように沈み込んでいます.このため中部日本では,規則性を持たないように見えます.特に,中部日本の日本海側の火山は,世界に例を見ない深発地震面の深さ(300km)を持っています.他の沈み込み帯と比べても300kmの深発地震面に対応する火山群の存在は特異ですが,複雑なテクトニックな場であること等から倦厭され,例外と見なされほとんど注目を集めていません.しかし,この特異性の背景には,島弧のマグマ活動の機構を解明する上で重要な物質の移動が絡んでいると思われます.場の複雑さ故に,他の沈み込み帯では見られない深度の深発地震面を持つ火山群(白山火山群)が出来ているのです.典型的な沈み込み帯で起きている対流の動きが,障害物によって妨げられ異なった循環を形成していることで,そのダイナミクスが露呈するという考えが,この研究の発端です.この地域に火山を発生させたメカニズムを探ることで沈み込み帯での元素の挙動が明らかになれば,島弧のマグマ活動の機構を解明する上で重要な物質の移動を明らかにすることができるだけでなく,地球規模での元素循環を理解するための定量的な切り口を提供できると考えています.

 何をするにせよ,向き不向きはあると思います.それはやってみないと分からないことかもしれません.色々な人に話を聞いて自分でできる限りのことをし,しっかり悩んだら,後は縁に任せるのも一興かと思うのです.長くなりましたが,進路を悩んでいる方の参考になれば幸いです.