学生の声
大学院へ進学するにあたって
はじめに
私は地質学、岩石学を用いて、過去のマントルの熱状態やダイナミクスについて研究しています。現在は地球惑星科学専攻固体地球科学講座の博士課程に在籍していますが、学部は大阪市立大学理学部地球学科でした。大学院入試の対策法や、院生生活については他の学生の声にもありますので、今回は私が地質学という分野をどのように選んで、本専攻に進学したかについて書きたいと思います。大学院への進学を考えている人の参考になれば幸いです。
自分にしかできない研究
「大学院で研究してみたいけど、就職のチャンスを棒にふって進学するほど、自分に才能や能力があるだろうか…」こんな不安を漠然と感じる人は、実は多いのではないでしょうか。私もかつてその1人でした。そんな私が大学院への進学を決めた理由は、野外での地質調査をきっかけに、地質学には自分にしかできない研究が存在する、と気づいたからでした。
地質学とは、岩石や地層を対象として地球の歴史を紐解こうとする学問です。この学問において、実際の地質構造や層序を明らかにしようとする地質調査は、古典的でありながら、物質科学的に重要な手法です。一方で、面白いことに、この手法は再現性が重要とされる科学の一部であるにもかかわらず、行う人によって、結果や精度が異なるという側面を持っています。これは自然があまりも膨大で複雑な情報を有するために、調査する人の背景知識、経験、思想によって、抽出できる情報に違いが生まれるためです。
私は付加体のメランジュ地域を調査中に、未報告の小さな貫入岩体を発見したことがあります。それは自分で調査地域を歩きまわり、存在する岩石種のパターンを、色や質感、構成鉱物種、構成粒子の粒径などからおおよそ把握した後に、ふとその存在に気づいたのでした。私は、天然の膨大な情報のなかに、自分なりの規則性を見いだすことで、逆にその規則から外れたイレギュラーを認識したのです。
この経験は私にとって衝撃でした。自分にしか気づけない課題があるとすれば、それを追求し解決できるのも自分だけです。フィールドで感じた違和感や疑問を先行研究で調べ、それが未報告・未解決であったとき、私はいつでも科学の最先端に直面しているかもしれないのです。もしその課題に強く惹かれ、興味をもつことができたなら、大学院という場所で背景知識を増やしながら研究に打ち込むことで、自分にしか出せない結果が結実するのではないか。私はそんなことを感じ、進学を決めました。
思いを生かせる研究室へ
こうした自分の思いを踏まえ、私は野外地質学、岩石学を用いて地球史を推定するような研究分野に進もうと決めました。さらに地球史のなかでも、高温・高圧といった高いエネルギーを持つイベントに興味がありました。自分のしたい研究の方向性、手法が明確になっていれば、進学先は全国の大学から探してもおのずと絞れます。最終的に現在の研究室に進学した理由は、研究室訪問で担当教員とじっくり話し、ここなら自分が学んできた哲学を発展させながら、興味のある研究に打ち込めると感じたからでした。
実際に進学してみると、研究環境は非常に恵まれたものでした。分析機器や設備などは充実しており、研究に対して自身の自主性は重んじられながらも、多くの先生方に手厚く指導していただきました。学生の約半数が博士課程に進むため、研究に打ち込む同期が沢山できたことも、研究生活を送る上で大きなプラスになったと思います。
大学院の進学先をどこにするかという問題は、修士課程卒業後に就職を考えている場合と、博士課程への進学を考えている場合とで、見方が少し異なるかもしれません。就職を考えている場合、就職活動もあるので研究できる期間は実質1年半程度です。希望する職種への就職率やネームバリューに惑わされる気持ちも分からなくはありません。しかし私は、大学名や専攻の名前にとらわれず、自分のやりたい研究が出来る環境かどうかを第一に優先にして決めてほしいと思います。大学院では学部と異なり、時間の大部分を自分の研究と向き合って過ごすことになります。研究とは新しい世界の扉を開ける創造的行為です。ときにその新規性は、回り道や解決困難と思える問題をもたらします。もし自身が研究に対して受け身であれば、それらと向き合う期間は辛いものとなります。しかし問題解消のために自ら進んで創意工夫をし、仮説を立案し、検証することができたら、その経験はきっと将来役立つものになるのではないでしょうか。
大学院への進学を考えている人には、やりたい研究内容と研究哲学を今一度自分に問い直し、研究室訪問でその環境をじっくり確認して、幸せな研究ライフを送ってもらいたいと思います。
研究内容:5臆年前の上部マントルは熱くなかった
最後に私の研究内容について少し紹介したいと思います。
地球は内部の熱を宇宙空間へ放出しながら活動する、巨大な熱機関と見なすことができます。地球の80vol%を占める主要な熱対流層はマントルであるため、マントル熱史の解明は、地球の固体進化を理解する上で非常に重要です。天然には、マントルが断層運動によって地表へ大規模に露出した、オフィオライトと呼ばれる火成複合岩体が存在します。私は、約5臆年前に島弧下で形成されたマントルが露出した、岩手県の早池峰―宮守オフィオライトに着目しました(写真1)。
写真1:早池峰-宮守オフィオライトの地質調査風景
5億年前という時代は、地球史を通じても特異に火成活動が激しかった時期であり、生物の大量絶滅や海進が生じていました。これまでこの火成活動の活発化は、上部マントルが高温状態となるスーパープルームに起因したモデルで説明されてきました。私は、早池峰―宮守オフィオライトの野外調査を行って層序と地質構造を明らかにすることで、適切な岩石試料を採取し、採取した試料の組織観察と化学組成分析から、熱力学的な情報を引き出すことに成功しました。その結果、5臆年前の上部マントルは、従来考えられてきたよりも低温であることが定量的に明らかになりました。この事象は、従来のマントルダイナミクスモデルでは説明できません。今後、世界のオフィオライトからマントルの熱状態を調べることで、新しいマントルダイナミクスモデルを構築していきたいと考えています。