学生の声
川端 訓代 (固体地球科学講座 博士3年)
はじめに
私は現在東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻予測地球科学コースに所属しています。高知大学から東京大学修士課程に進学し、研究を続けています。ここでは東京大学へ進学して感じた事、私の研究内容、海外インターンシップ経験の3つについて紹介したいと思います。進学について迷いを持っている方には参考になるかもしれません。
はるばる東京大学へ来てみて
私の出身大学は東京大学ではなく高知大学理学部地学科です。高知大学の卒業研究では四国四万十付加体中に発達する断層について研究しました。その後、東京大学の修士課程に進学し木村学先生の下で付加体岩石の圧力溶解による体積変化を研究し、博士課程では田中秀実先生の下で現在の研究を行っています。学部、修士、博士でそれぞれ指導教官が異なるというのはめずらしいかもしれませんが、素直に自分のやりたい事をその時々で追いかけたり、指導教官から様々な話を聞いた結果です。それぞれ研究室を移る際に変化がありますが、環境の変化という意味では高知大学から東京大学に来た時が一番大きな変化でしたし、学生生活も随分いい方向に変化しました。一番いい表現は「目からうろこがぼろぼろぼろ…」。「ぽろぽろ」ではなく「ぼろぼろ」というところがポイントでしょうか。学部時代の指導教官から大学を移ったら目からうろこだよ!と言われてはいたのですが、ほんとにぼろぼろ何枚もうろこが落ち、視野が広がりました。研究スタイルの違いにも驚きましたし、専攻での研究分野の広さにも驚きました。中でも地方大学では考えられないほどの情報量を気軽に得られる事、博士課程の院生や研究生も数多くおり彼らから様々な事を学び得る事、東京という土地柄もあり関東近郊で行われるシンポジウム等に気軽に行く事ができ、そこで様々な研究者と出会える事がこちらに来た利点として挙げられます。院生同士は学年に関係なくよい関係が築かれていおり、院生が企画して行う院生巡検も毎年行われています。更に今年は理学部の新たな建物ができ、地球惑星科学専攻のほとんどの院生が同じ建物内にいる事で自分の研究領域を超えて地球惑星関連の知見が広まる方向に進んでいます。情報面、勉強面でかなり有利だと思えるので私はここに来れてよかったと感じています。難点は自然環境面と物価の高さにつきます。また、調査地までが遠くなった事は不利ですが、遠方へ調査に行く際には無駄のないような予定をしっかり立てないといけないので、その辺の計画性が身につく点では利点と言えるかもしれません。
私の経験から考えるに、大学を変えるという事は新鮮な気持ちで研究を行う事ができ、更に自分の中にある常識を少なからず覆します。一度は大学を変える事が自分の成長に繋がると感じます。
2003年度院生巡検(三浦)。褶曲とデュープレックス構造の観察中。 | 2004年度院生巡検(秩父)。スランプ構造の観察中。 |
研究内容
私の現所属研究室は田中研究室(物質地震学研究室)です。田中研究室は一貫した研究テーマが存在し、それは「地震活動の全体像の解明」です。手法は様々ですが「物質地震学」の名の通り、物質から情報を抽出することによって地震学にアプローチすることによってテーマに挑んでいます。実際には地質学を基礎としたフィールドワーク・岩石(断層岩)解析から室内実験まで幅広く行っています。
私は現在主に断層運動に伴う変形や変質による物質移動に興味を持って研究を行っています。この研究では花崗岩中に発達する断層の構造とそれに伴う化学組成変化を詳細に記述し、変形に伴う化学反応を明らかにしようと試みているところです。複雑な自然を詳細に分類し、単純化するのは難しいですが、分類後にはこの断層の活動史などが自然に見えてきてとても楽しいものです。余談ですが、断層岩を見た事があるでしょうか?断層運動によって変形・変質した岩石を断層岩と呼びます。断層岩は浅部では粘土化し露頭では汚らしく見える事がありますが、その粘土を丁寧に持ち帰り、樹脂で固定しながら表面を研磨すると美しい変形構造を見る事ができます。兵庫県南部地震を起こした野島断層から採取された断層岩も露頭では分かりませんが磨くととても奇麗です(よね?)。また粘土化していない断層岩は露頭でも美しい変形構造が見られますし、磨くと更に奇麗です。一度断層岩の美しさに気づくとはまってしまいますのでその際には是非うちの研究室へいらして下さい。
野島断層から採取された断層岩の研磨片。母岩は花崗岩。黒い帯状の部分は地震の化石と言われているシュードタキライト(摩擦発熱によって融解し、その後急冷した断層岩)。1995年の地震でできたものではない。
(左図)領家古期花崗岩中のマイロナイト。美しい変形構造が観察される。 |
また、田中先生との共同研究では先述の野島断層沿いの断層岩分布から過去のアスペリティーを出そうと研究しています。地震時の摩擦発熱エネルギーを断層岩から推定することで地震学に貢献できると考えているのですが、まだこの研究は様々な困難を孕んでいます。他方、地震時の摩擦発熱を断層帯の残留熱から求める研究が2000年の台湾掘削を皮切りに試みられていますが、この研究にも田中先生、浦田さん(田中研究室修士課程2年)との共同研究として関わっています。この研究内容は「インターンシップ経験」の中で詳しく書いています。
断層岩の研究は古くからなされていますが、特に地震学に貢献するという意味での断層岩研究はまだまだこれからだと感じています。これから頭をひねってひねって研究を続けていく事と思います。
インターンシップ経験
東京大学理学部地球惑星科学専攻では2003年度より、博士課程に在籍しているCOEアシスタントである院生を対象にインターンシップの募集を行っています。私はその初年度に台湾中央大学の陳先生の研究室へインターンシップを応募し、採用されました。期間は約一ヶ月間でした。
台湾へのインターンシップを希望した理由は、車籠輔断層(Cher-Lung-Pu Fault)掘削でのオンサイト実験を行う事と、車籠輔断層の物質移動を研究している陳先生やその学生達と議論する為です。
実験の背景を簡単に説明します。1999年台湾集集地震(Taiwan Chi-Chi Earthquake)を起こした車籠埔断層掘削が 2000 年に田中先生と台湾中央大学の王先生を中心として行われました。掘削孔の物理検層結果と断層岩プロファイルを対比した結果、断層面近傍に正の熱異常が観測されました。この熱異常の有望な仮説として断層面滑り時の摩擦発熱の残留熱である可能性が指摘されています。摩擦発熱による温度上昇は、地震後に熱拡散によって周囲の岩石に伝播します。ですので理論的には、残留熱が断層面に存在していてそれが計測可能な場合、岩石の熱伝導率や密度などの物性値が分かれば断層活動時の発熱量を推定することができます。このため断層帯を構成する岩石の熱パラメータを得ることが必須なのですが、これまで断層岩の脆弱さゆえに測定が困難でした。樹脂で断層コアを固定した後に測定する方法もあるのですが、断層帯は他の研究でも需要が大きいためコア回収直後に切断・固定などの加工をすることは不可能です。そこで、田中先生との共同研究として非破壊断層コアの表面温度変化から熱拡散率を求める方法を独自に考え出しました。インターンシップ期間ではこの手法の基礎実験を行っていました。これらの結果はまだ解析中でありここに載せる事はできません。
基礎実験は大学で行っており、一ヶ月の大半は大学にいたことになります。陳先生の下には大勢の学生がおり、実験のあいまには学生と研究の議論をかわしたり何気ないおしゃべりをしたりなどしていましたが、特に断層帯の物質移動を研究している学生とは、その手法についてよく議論を行いました。詳しい事は書きませんが、その手法自体に若干問題がある事が議論を通して発見され、今後私の研究において乗り越えねばならない課題となっています。実験、議論で一日はあっという間にすぎ、一ヶ月も早いものでした。中央大学の学生達は皆英語が上手く、日本語も理解できる学生がいたので意思疎通に問題はありませんでしたし、日本の学生とよく似ていて夜遅くまでビール片手に研究室におり、一ヶ月の最後の方など外国に来ている気が殆どしないくらいでした。掘削現場での仕事はオンサイト実験室の整備、掘削コア(断層帯ではない)や他大学のオンサイト実験見学ですが、コアの取り扱い方についてできるだけよい状態で実験を行いたい我々とまず保管する事が第一だと考える台湾の学生(中央大学生以外の学生さん)との間で喧嘩になったりもしました。自分の主張をはっきり述べる訓練にもなったと思えば…いい経験かもしれません。
インターン生になった一番の収穫は英語で研究発表をする経験が出来た事、英語を話す事に対する緊張がなくなった事と、同様な研究をしている学生と友達になれた事です。言葉は頑張って理解してもらおうとすれば、理解してくれるものなのだと解りました。また、掘削現場と回収されたばかりのコアを見学できた事も収穫の一つです(コアは徐々に乾燥し、初期の形態も変化するのでやはり地下にあるそのままの姿をとどめたコアを見るには掘削現場が最適です)。
掘削やぐら。掘削地点は台中の大坑というところ。 | 掘削されたコアと基礎実験準備風景。 |
掘削したコアを上げるところ。ドリラーが二人掛かりで作業している。全てが巨大。 | 陳先生(右から2番目)、研究室の学生達とディナー。台湾ビールと台湾料理は恐ろしく美味しい! |
最後に
長くなりましたが、私の経験が皆様の参考になれば幸いです。もし大学の選択で迷っているならば、一度自分の行きたい大学院に実際に足を運んでみるのがいいかもしれません。雰囲気は肌で感じないと分からない場合もあります。また、分野の選択を迷っている人もしかりです。学部時代の研究分野にとらわれずに興味があれば、大学院で新たな道に踏み出してみてもいいかもしれません。分野を変えた場合、今までの研究が無駄に思えるかもしれませんが、そんなことは決してありません。自分の経験からもそう思いますし、周囲の大学院生達を見ていてもそう感じます。好きな研究を見つけられるように頑張って下さい。