学生の声

気象学のすすめ

曽根 洋平(大気海洋科学講座・博士1年)

1. 気象学とその研究

気象学とは文字通り『大気における様々な現象を扱う学問』であり、大気の中で生活している人間にとって実は馴染みの深い学問です。テレビの天気予報でよく知られている低気圧や高気圧、中学・高校の地学や地理で習って中間試験や期末試験に出てくるために覚えた、偏西風や貿易風(偏東風)、地球温暖化やエルニーニョ、オゾンホール、ヒートアイランド現象等といったものは、全て気象学の研究対象に入ります。気象学に親みのない方にとってはこれらの現象をどう研究するのか、なかなかイメージし難いことかも知れません。例えば低気圧や高気圧を研究する場合には、「それらがどう発達しどう衰退するのか?」ということが研究動機になります。偏西風は中緯度(日本の近く)で発達するジェット気流です。偏西風は名の通り西風で東西方向に地球を一周しているのですが、南北方向にも不規則に蛇行して日々変化しています。「このような蛇行をどう説明するのか?」ということが偏西風に対する研究動機になります。これらの諸現象を物理的に説明するために色々な手法が用いられます。主に数式やシミュレーションを用いて理論的に説明を試みる方法、観測された気象データを解析し説明を試みる方法、大気中に存在する物質をトレーサーとして用いて理解を試みる方法等が主要な方法等です。これらの手法は互いに相補的ですが、例えば私の場合、主にシミュレーションを用いた理論による方法をメインに用いています。ここでは、気象学が基礎としている理論について簡単にふれながら、より具体的な話題をいくつか紹介することにします。

気象学が扱うものは大気という流体です。特にその流れ(つまり風の場)が重要な関心事になります。流れを扱う理論は古典物理学の流体力学です。地球の大気(流体)は、(1)太陽光による加熱(2)地球の重力の影響(3)自転による回転効果、の3つの重要な特徴を持ち合わせています。気象学の最も単純な理論は、このような拘束条件に古典熱力学が加わった流体力学を基礎にしています。これを標語的に書くと、『太陽から受け取るエネルギーによって大気がどう変化し応答するのか?を流体力学を用いて解いて物理的に理解する』ということです。もう少しくだけて言えば、地球という実験場でinput(入力:日射によるエネルギー)された時のoutput(出力:風や温度の変化)を見るということです。流体力学の基礎方程式系を紙と鉛筆で解ければ嬉しいのですが、解くべき基礎方程式系が非線形偏微分方程式系になっているためにそう容易ではありません。そこで、数値計算的に解いたり方程式系を単純化(線形化など)したりするという作業が行われます。単純化することで元の方程式系とは違う方程式系を解くことになりますが解析的に解けるものもあり、分類された解によって非常に重要な大気の描像を与えてくれます。例えば、中緯度でみられる低気圧や高気圧は、大気中に存在する波(傾圧不安定波)として改めて解釈されます。

2. 火星大気の話題他惑星

気象学は地球大気を題材として誕生した学問にもかかわらず、その本質:『太陽から受け取るエネルギーによって大気がどう変化し応答するのか?を流体力学を用いて解いて物理的に理解すること』は何も地球に限ったものではありません。ある程度の普遍性を持っています。こういう観点で、他惑星の大気の現象を調べるために気象学を応用するという試みも行われてきました。特に人工衛星による観測が頻繁に可能になったことと関係して、金星や火星といった地球と似ている惑星(地球型惑星)の大気に対して盛んに研究が行われています。一方で、外惑星(木星型惑星)における大気は独特な縞模様と関連して強い東西風が吹きつける等非常に面白い現象が見られるのですが、惑星内部の状態が未知のために既存の気象学だけで様々な現象を説明するには困難さが伴うので、依然としてさらなる理論的なチャレンジが残されています。

ここでは、私の研究課題でもある火星の大気に関する話題に触れましょう。火星は地球のすぐ外側を約2年で公転する太陽系第4惑星で、直径は地球の半分で月の2倍と小さな惑星です。火星の自転周期は約25時間と地球とほぼ同じです。地表面は酸化によって赤茶けていて地球の砂漠に似ています。大気の主成分は二酸化炭素が90%以上を占めて、酸素や窒素といった地球でお馴染みの大気の成分は微小です。また、火星の大気は非常に薄く、平均地表面気圧は約6ヘクトパスカル(地球は約1000ヘクトパスカル)しかなく地球の成層圏(地球の高度20kmから50kmに存在する安定した大気)に似ています。特に地球と比較して独特で面白いことは、火星の北極と南極には冬になると二酸化炭素と微小な水分による氷からなる極冠が出来て、その形成に伴って火星全体の大気量が変化してしまうということです。これは大気量の多い地球では考えられません。また、火星大気には地表面から舞い上がった塵(ダスト)が常に大気中に存在し、これが太陽光エネルギーを吸収して大気を暖める役割をします。これは地球の成層圏中に存在する紫外光を吸収するオゾンによる効果に似ていますが、さらに面白いことに火星にはダストが全球的に巻き上がるという独特な現象が起こります。局所的に発生したダストストーム(砂嵐)が数日から10日程度という非常に短期間の間に全球に広がります。そして2、3ヶ月かけてゆっくり消えていきます。この現象を「全球ダストストーム」と言いますが、その発生メカニズムは1970年代中頃から研究されていますが依然として分かっておりません。気象学的には火星大気に存在する潮汐波によって起こる風が重視されていますが、局所的な風の重要性も指摘されています。一方、全球ダストストームの状態が比較的長い間持続されることに関して研究したところ、高く舞い上がったダストが太陽光を吸収して加熱源として働き、振幅の大きい潮汐波を励起することで地表面風速を強めてさらにダストを巻き上げる効果があるということが分かりました。火星大気の成層度に対する潮汐波の依存性をさらに考慮する必要がありますが、ダストストームの状態を持続させる1つの可能性だと考えられます。

3. 気象学を専攻するに至った経緯

私が気象学を専攻するに至った経緯は、大学時代に読んだ気象学の論文に感銘を受けたからですが、その中で特に印象の深かった題材について紹介しましょう。

3.1 大気中に存在する波

大気中にはさまざま波が存在し、それらが大気の現象に対し主要な役割を担います。始めに述べた傾圧不安定波や、火星(勿論地球でも存在するのですが)で出てきた潮汐波はそれらの一種です。大気中に存在する波で重要な波は重力波とロスビー波です。前者は重力場中の浮力によって、後者は球面上の回転効果によって存在する波です。気象学で特に力学過程に焦点を当てた大気力学では大気中に存在する波が主役となり、背景にある平均的な風(基本場)と波の相互作用が重要になります。波という概念を用いることで、非線形方程式系に支配される複雑な大気の現象の中にある本質を抽出することができます。

松野(1966)は自転効果の影響が弱い赤道帯で基礎方程式を解析的に解くことに成功しました。この理論は、柳井と丸山が赤道で観測して解析した赤道波に対して理論的な説明を与え、赤道波(ケルビン波、ロスビー波、重力波、混合ロスビー重力波)の分類を与えます。学部生の頃この理論で一番驚いたことは、量子力学ですっかりお馴染みだったエルミート関数が解に表れて、この直交関数エルミートを用いて大気が解析的に解かれて記述出来るというという点です。理論の結論である大気中に存在する波やその特性に対するよりも、基礎方程式が解析的に解けるというその応用数学色の濃いその方法論に対して感動しました。

ロンゲット‐ヒギンズ(1968)は、球面上での方程式系の固有関数を解析的に解くことに成功しました。この方程式系はラプラスの潮汐方程式という固有方程式に帰着でき、ハフ関数という固有解を持ちます。このように、ギターの音色に対応するような固有なモードを大気が持っていると考えられ、彼の理論によると短周期のケルビン波を含む重力波と長周期のロスビー波に分類することができます。パラメータである自転速度を速くすることにより松野の理論で見られた赤道波の理論に対応することができます。この理論は非常に応用が効き、局所的な加熱に対する大気の応答問題に対して使われたりします。

3.2 解の分岐問題

もう1つは解の分岐問題に関する松田(1987)の理論です。非線形方程式系の解が初期値に対して敏感であることはローレンツ(1963)以来よく知られているのですが、この論文では、解くべき系に課される外的条件に着目して得られる解を考察する独特な研究をしています。対称性のある条件での理想的な方程式系と人工的に操作不能な対称性のない微小な擾乱のある実際的な実験系における方程式系の違いに着目し、前者の解では分岐点が後者の解では極限点が表れるということを理論的に示しています。実際の大気にでは微小擾乱の存在を無視できないので後者の場合の系に従って極限点を持つ解の構造が得られるのですが、与えた擾乱を零に近づけて極限を取ると極限点を取る解の構造は分岐点を取る解の構造に連続的に近づくことが示され、両者は大域的に相似な構造をしていることが分かります。この理想的な外的条件を果たした系(例えば、系に与える加熱は東西的に完全に周期的である等)は数値計算を行う際に用いられます。理想的な系で得られる解は、実際の大気を解いた場合の解の近似解として与えられて大域的に同じ構造をしているので、数値計算で実際の大気を解くということに対する妥当性がこの理論によって証明されます。ベナール対流のような熱的不安定問題を扱う流体力学や特異点を扱う数学ではしばしば行われますが、気象学ではあまりなされていません。扱う数式が非常に単純にも関わらず理論の持つ普遍性にも驚きですが、1980年代後半までこのような議論が気象学ではあまりなされていなかったことにも驚きです。

4. 大学院での気象学の研究を考えている方へ

大学で気象学の講義を受けたことのある方は、自身が関心の題材や所属している研究者の論文を読んでみることをお勧めします。ここで私が紹介したことは、純粋な理論や理論の他惑星への応用ですが、解析や物質に関する面白い話も多々あります。他の専攻から気象学を専攻してみたいと思われる方で、気象学の研究話題や研究方法についてあまり親しみの無い方は、以下の書籍をお勧めします。何かしら指針を示してくれると思います。

参考文献

 Matsuno, T., 1966: Quasi-geostrophic motions in the equatorial area. J. Meteor. Soc. Japan, 44, 479-494.
 Longuet-Higgins, M. S., 1968: The eigenfunctions of Laplace's tidal equations over a sphere. Phil. Trans. Roy. Soc. London, A262, 511-607.
 Matsuda, Y., 1987: Further study on the structure of critical point in fluid system - effect of disturbance on the bifurcation point. J. Meteor. Soc. Japan, 65, 1-12

参考書籍

グローバル気象学 廣田勇 (東京大学出版会)
気象解析学 廣田勇 (同上)
惑星気象学 松田佳久 (同上)