研究・プロジェクト紹介

外洋内部波とその海洋力学における役割
丹羽 淑博(大気海洋科学グループ)

 

1.はじめに
内部波は全世界の海洋の表層から深層までの至る所に存在する普遍的な現象である。外洋にも内部波が存在することは海洋物理的観測が始められた頃から知られていたが、その実態についての研究が本格的におこなわれるようになったのは様々な測器や測定法の開発が進んだ1960年代の後半からである。現在では、外洋の内部波が海洋内部領域のエネルギー伝達や深層水の混合を引き起こす重要な物理過程であることが広く認識されている。特に最近は、高精度の海洋大循環モデルを構築するために、サブグリッドスケールの内部波の影響を大循環モデルの中に適切に組み入れることが、強く要請されている。
本稿では、外洋の内部波場の特徴をまず説明し、それが海洋力学の中で担っている役割について解説する。それをふまえて、筆者が属する研究グループが最近おこなった研究について紹介したい。

2.外洋の内部波の特徴
内部波の復元力である浮力は重力よりはるかに小さいため、重力を復元力とする表面波に比べて内部波は非常に大きな周期と波長をもっている。内部波の周波数は、力学的制約から慣性周波数fから浮力周波数Nのあいだに制限される。外洋の場合、浮力周期( 2π/N )は主温度躍層上部の水深100m~1000mで約10分~約1時間、それより深層では数時間程度となる。また、慣性周期( 2π/f )は緯度によって変化するが中緯度域では約1日となる。一方、外洋の内部波の空間スケールについては、その水平波長が数m~数百km、鉛直波長が数m~数kmにわたっている。つまり、外洋の内部波は中規模渦スケールから乱流スケールまでの非常に広い空間スケールにまたがって存在していることになる。
図1に外洋の内部波の実例として、サンディエゴ沖の太平洋の水深約350mで観測された等温度面の鉛直変位の時間変動1)と、筆者の研究グループによりハワイ近海で観測された水平流速の鉛直分布2)を示す。この例に見られるように、一般に外洋の内部波は様々な周波数・波数成分を含んだランダムな変動として観測される。図2の太線は図1の鉛直変位の時系列の周波数スペクトルであるが、スペクトルレベルが慣性周波数と浮力周波数の外側で急速に下がっており、観測された変動が実際に内部波によるものであることを示している。

図1:外洋の内部波の観測例
図1:外洋の内部波の観測例。a:サンディエゴ沖800kmの太平洋の水深約350mで観測された6.45℃と6.90℃の等温度面の時間変動。b:投棄型流速計を使ってハワイ近海で観測された東西流速(実線)、南北流速(破線)の鉛直分布。

図2:図1aの等温度面の鉛直変位の時系列データの周波数スペクトル(太線)とGMスペクトル(細線)
図2:図1aの等温度面の鉛直変位の時系列データの周波数スペクトル(太線)とGMスペクトル(細線)。

図3は外洋の内部波に関わる様々な物理過程を描かいたものである3)。この図に見られるように、外洋の内部波は様々な外力のもと励起されている。例えば、海嶺や大陸棚斜面等の海底地形変化域では、その上を通過する潮汐流が密度成層を強制的に揺り動かす結果、上向きに伝播する内部波(内部潮汐波)が励起される。また、大気擾乱にともなう風応力の変動は海洋上部の混合層内に近慣性流を励起し、それが内部波として中・深層へと下向きに伝播していく。

図3:外洋の内部波に関わる物理過程の概念図
図3:外洋の内部波に関わる物理過程の概念図。

外洋のランダムな内部波場は、図3に描かれているような様々な物理過程を経ることによって形成される。しかしながら、各海域の内部波場で相対的に重要となる物理過程は海域により様々に異なっていると考えられる。それにも関わらず、外洋の内部波場がもつ著しい特徴として注目すべきことは、そこに普遍平衡スペクトルが存在することである。すなわち、全世界の外洋の内部波場のエネルギースペクトルが、内部波の励起源の近傍を除いて、場所や時間によらずほぼ一定の形状とレベルを持つことが、海洋観測から示されている。
この観測事実を受けて、GarrettとMunkは海洋内部波場が線形鉛直定在波(鉛直モード)のランダムな重ね合わせで表現できると仮定して様々な観測結果を力学的に矛盾なく統合することによって、海洋内部波の普遍平衡スペクトルモデル(GMスペクトル)をつくりあげた4-6)。GMスペクトルは低波数・慣性周波数領域でピークを持ち、それ以外の領域ではスペクトルレベルが周波数と波数のそれぞれ-2乗に比例して減少する。図2の細線はGMスペクトルから求めた鉛直変位の周波数スペクトルを示しているが、このGMスペクトルが現実に観測される内部波スペクトルとよく一致していることがわかる。このようなGMスペクトルの有効性は、世界各海域で得られる内部波場の各種統計量をつかって検証がおこなわれている7)

3.外洋の内部波の役割
外洋の内部波場に普遍平衡スペクトルが存在している事実は、それを維持するために何らかのメカニズムが働いていることを意味している。そのメカニズムと内部波が海洋力学の中で担う役割との間には密接な関係がある。

3.1 エネルギーカスケードを媒介する内部波
海洋中の運動エネルギーの収支を大局的に考えると、主要なエネルギーの供給は地球規模スケールの風応力や起潮力によっておこなわれる一方、最終的なエネルギーの消散はマイクロスケールの乱流運動にともなっておこなわれる。このことは、海洋中でラージスケールからスモールスケールへとエネルギーの伝達がおこなわれていることを意味する。これをエネルギーカスケードという。
海洋力学の中で内部波が担う重要な役割の一つは、それが海洋中のエネルギーカスケードを媒介する主要な担い手となっていることである。その際に主役を演じると考えられるメカニズムが、内部波の三波共鳴相互作用である。今、波数と周波数がそれぞれ (k12), (k12) の二組の内部波が同時に存在しているとする。すると、流体の運動方程式の非線形項を通じて波数 k3=k1±k2 、周波数 ω31±ω2 をもつ第三の波が生成される。このとき、もし k3 と ω3 の間に内部波の分散関係式 ω2=f2sin2α+N2cos2α( α:波数ベクトル と水平面がなす角度)が成立したとすると、三組の内部波の間で非線形項を通じた共鳴がおこり、その結果、異なる波数・周波数を持つ三組の内部波の間でエネルギーの交換が効率的におこなわれることになる。海洋中の内部波場の中には上記の共鳴条件を満足する三組の内部波が無数に存在しているため、三波共鳴相互作用が連鎖的に作用することによって、後節で数値実験の結果から具体的に示されるように、平衡スペクトルの低波数域の内部波エネルギーが高波数域の内部波へとカスケードされていくことになる。
この三波共鳴相互作用は、また内部波普遍平衡スペクトルを維持するためのメカニズムとしても働いている。例えば、何らかの外力によって、内部波平衡スペクトル領域の一部にエネルギーが加わって平衡状態が乱れたとしても、乱された領域の内部波とそれ以外の領域の内部波とが非線形三波共鳴を起こすことにより、加えられたエネルギーがスペクトル空間内に再分配され、その結果内部波スペクトルは再び平衡状態へもどっていくことがわかっている8)

3.2 海洋中の鉛直混合を引き起こす内部波
外洋の内部波が担うもう一つの重要な役割は、それが海洋の中・深層における等密度面を横切る鉛直混合(diapycnal mixing)を引き起こすことである。海洋の安定な密度成層において上下に密度の異なる水塊の混合は、鉛直波長10m程度のスモールスケールの内部波が、流速勾配(流速シアー)が臨界値を超えて発生するシアー不安定などを通じて崩れる(砕波)ことによって発生する。前節で述べたように、このようなスモールスケールの内部波の励起は、内部波スペクトルの低波数域のエネルギーが内部波間の非線形相互作用を通じて高波数域へとカスケードすることによっておこなわれている。従って、海洋中の鉛直混合過程と内部波のエネルギーカスケード過程の間は密接なバランス関係で結ばれていることになる。
このような鉛直混合は海洋中・深層水の水塊形成に影響を及ぼすのはもちろんであるが、海洋力学の観点から特に重要なことは、この鉛直混合が熱塩循環とよばれる地球規模の海洋大循環を大きくコントロールすることである。  熱塩循環とは緯度による海水の密度差によって駆動される全球規模の対流現象である。具体的には、北大西洋の高緯度域や南極海で強く冷やされた海水が重くなって深層まで沈み込み、それが全世界の深層海洋を経由した後に、インド洋や太平洋で上層の暖かい水と混ざり合いながら浮上しているものと推定されている。この熱塩循環は膨大な熱や物質を輸送するため、地球温暖化など長期的な気候変動の鍵を握っていると考えられている9)
図4は鉛直混合と熱塩循環の密接な関係を示す数値実験の結果である10)。熱塩循環の数値実験において、鉛直拡散係数を0.1cm2sec-1, 0.5cm2sec-1, 2.5cm2sec-1と設定した場合の子午面循環の流線関数を示している。これを見ると、熱塩循環の強さが鉛直拡散係数に依存して大きく変化することがわかる。大循環モデルにおいて鉛直拡散係数はサブグリッドスケールの鉛直混合の強度をあらわすパラメータなので、この結果は、スモールスケールの鉛直混合ひいては海洋内部波によって時空間スケールの非常に大きな熱塩循環が強くコントロールされていることを示している。

図4:鉛直拡散係数Kvを0.1cm2sec-1(上)、0.5cm2sec-1(中)、2.5cm2sec-1(下)と変えておこなった熱塩循環の数値実験10)で得られた南北循環の流線関数。

上の数値実験の結果は次のように説明される。海洋中の基本密度成層 は、熱塩循環にともなって深層の高密度水が上層へ湧昇してくる効果と上層の低密度水が鉛直混合によって深層へと引き込まれる効果とがバランスして維持されていると考えられる。このバランスを数式で表現すると次の移流拡散方程式になる。
(1)

ここでKvは鉛直拡散係数、wdは深層水の湧昇速度である。一方、熱塩循環にともなう南北流量 と深層水の湧昇速度の間には、次のスベルドラップ関係式が良い近似で成り立っていることが知られている。
(2)

上の(1)・(2)式から明らかなように、熱塩循環流量Vと鉛直拡散係数Kvとが、湧昇速度wdを通じて密接にリンクしていることがわかる。
このことを受けて次に当然問題となるのは、現実の海洋における鉛直拡散係数の大きさである。上の議論から明らかなように、鉛直拡散係数の大きさとそのグローバルな時空間分布の情報は、海洋大循環モデルを使って熱塩循環を正確に再現するために必要不可欠である。 この問題を最初に取り扱った研究で現在でもその意義を失っていない古典的論文がMunkの"Abyssal Recipes"11)である。この論文でMunkは深層水が空間的に一様に湧昇していると仮定した上で、(1)式のような鉛直一次元の移流拡散バランス式に基づいて、観測で得られた温度、塩分、炭素同位体等の鉛直分布を維持するために必要となる鉛直拡散係数を見積もった。その結果得られた鉛直拡散係数値がKv~1cm2sec-1である。この見積もりの妥当性は、この拡散係数値を仮定して推定される深層水の形成量が、それとは独立に深層水形成海域の観測データから推測された値とコンシステントであることからも確認することができる。
ところが、このMunk11)の見積もった鉛直拡散係数を現実の海洋で検証してみたところ、大きな問題にぶつかった。マイクロスケールプロファイラーを用いた乱流観測12)や人工的化学トレーサー実験13)によって直接測定された海洋中の鉛直拡散係数の大きさは約0.1cm2sec-1にすぎず、Munkの提唱した値よりも1オーダーも小さかったのである。また、三波共鳴相互作用機構に基づく理論計算によっても、GMスペクトル内のエネルギーカスケードにともなって誘起される鉛直拡散係数の大きさが同様に0.1cm2sec-1のオーダーにしかならないことが示された14)
これらの結果を受けて、MunkとWunschは論文"Abyssal Recipes II"15)において、内部波の励起源の近傍においては鉛直拡散係数が著しく大きくなっていることを指摘し16)、この局所的な鉛直混合のホットスポットにおいて海洋中の鉛直混合の大部分が発生していると考えた。そして、観測された鉛直拡散係数0.1cm2sec-1は内部波励起源から離れた場所での拡散係数をあらわしており、局在して分布するホットスポットの影響を全海洋で空間的に平均すれば1cm2sec-1の拡散係数が実現されていると主張した。
次節以降で筆者の研究グループの最近の研究成果の紹介をするが、筆者らの考えも基本的に上述のMunkとWunsh15)の説に従うものである。しかしながら、鉛直拡散係数の見積もりの食い違いをどの様に解釈するか、熱塩循環における海洋内部波の役割をどう評価するかをめぐっては現在も活発な論争が続いていることは留意すべきである。例えば、海洋内部波の重要性を疑問視する立場から、Toggweiler17)等は、海洋深層水の大半が内部波による鉛直混合に代わって、南極周極流を駆動する風応力が副次的に作り出す局所的な鉛直循環によって表層にまで汲み上げられているという、熱塩循環の新しい描像を提案している。

4.海洋内部波の空間分布に関する研究
MunkとWunsch15)が指摘したように鉛直混合のホットスポットであると考えられる海洋内部波の励起源は、現実の海洋中ではどの様に分布しているのであろうか?この問題を明らかにするため、我々は海洋内部波の主要なエネルギー供給源である内部潮汐波および大気擾乱起源の近慣性内部波の空間分布を調べる数値実験をおこなった。

4.1 太平洋におけるM2内部潮汐波の数値実験
まず内部潮汐波のグローバルな分布を調べるための第一歩として、我々は太平洋における内部潮汐波のエネルギー分布を現実的な海底地形・密度成層および潮汐フォーシングを組み込んだ三次元数値モデルを使って調べた18)。この数値実験では、最も卓越する半日周期のM2潮汐成分フォーシングのみを考慮した。静水圧近似をしたNavier-Stokes方程式を水平格子間隔1/16o、鉛直40レベルの解像度で数値積分をおこなった。
図5は数値実験の結果得られた、M2周期成分の内部潮汐波の運動エネルギーの空間分布である。内部潮汐波の分布は海底地形分布を強く反映して、著しい空間的非一様性を示すことがわかる。強い潮汐流があるうえに海底地形の変化が大きいインドネシア多島海域やソロモン諸島海域、東シナ海の大陸棚斜面などにおいて特に強い内部潮汐波が励起されている。さらに、ハワイ海嶺や伊豆・小笠原海嶺、アリューシャン海嶺など外洋における海嶺も内部潮汐波の有力な励起源となっている。
図5:数値実験で得られた、M2内部潮汐波の運動エネルギーを深さ方向に積分したものの太平洋における空間分布
図5:数値実験18)で得られた、M2内部潮汐波の運動エネルギーを深さ方向に積分したものの太平洋における空間分布。全太平洋を17のサブ領域に分割し、各サブ領域で独立におこなった数値実験の結果を合成したもの。星印は過去の乱流観測点12)をあらわす。太実線は筆者のグループが実施した投棄型流速計を使った海洋観測2)の測線をあらわす。


この分布で特に興味深いのは、上述の海底地形の分布を反映して、東部太平洋に比べて西部太平洋のエネルギーレベルが2~3オーダーも高くなっていることである。このことから、海洋中の活発な鉛直混合が西部太平洋を中心に発生していることが示唆される。ところが、図5の星印は過去の乱流観測点12)を示しているが、アメリカ合衆国の研究者を中心におこなわれた乱流観測が太平洋の東部側に偏って実施されてきたことがわかる。このことは、MunkとWunsch15)が指摘したように、過去の乱流観測から得られた鉛直拡散係数0.1cm2sec-1が全球的代表値としては適切でないことを示唆している。

4.2 大気擾乱起源の近慣性内部波の数値実験
次に海洋内部波のもう一つの重要なエネルギー供給源である大気擾乱起源の近慣性内部波の全球分布を調べるため、気象庁全球客観解析データセットから求めた風応力データを使って混合層スラブモデル19)を駆動させる数値実験をおこなった20)
図6はその結果得られた、各季節に風応力から近慣性流へ供給されるエネルギー総量の全球分布を示している。内部潮汐波と同様、大気擾乱起源の近慣性内部波のエネルギーも時空間的に不均一な分布を示すことがわかる。南北各半球の冬季には、緯度30oより高緯度側で近慣性流が中緯度ストームのトラックに沿って活発に励起されている。一方、夏季から秋季にかけては台風によって北太平洋の緯度20o付近に顕著な近慣性流エネルギーの供給がおこなわれていることがわかる。

図6:数値実験で得られた各期間に風応力により海洋混合層内の近慣性流に供給されるエネルギー総量の全球分布
図6:数値実験19)で得られた12月~2月(左上)、3月~5月(右上)、6月~8月(左下)、9月~11月(左下)の各期間に風応力により海洋混合層内の近慣性流に供給されるエネルギー総量の全球分布。1989年から1995年の平均値を示す。

5 .海洋内部波のエネルギーカスケード過程の研究
5.1 エネルギーカスケード過程の数値実験
次に問題となるのは、図5、6に示した潮汐や大気擾乱によって励起されたラージスケールの内部波のエネルギーとスモールスケールの鉛直混合過程との関係である。前に説明したように、この両者を結びつけているのが、内部波スペクトル中の低波数域から高波数域へのエネルギーカスケードである。そこで我々は、低波数域に与えられた半日周期M2内部潮汐波のエネルギーが内部波平衡スペクトルの中をどのようにカスケードしていくのかを調べるために数値実験をおこなった21)
この数値実験では鉛直二次元モデルを使用し、海洋内部波の励起スケールから散逸スケールまでを同時に再現するためにモデル領域の水平幅を130km、深さを1.3kmとし、水平・鉛直格子間隔をそれぞれ13m、1.25mとした。
GMスペクトルに基づいて準平衡状態の内部波スペクトルを数値モデル内にまず再現した上で、そのスペクトルの鉛直第1モードのM2内部潮汐波に対応する波数成分にエネルギースパイクを加えて計算をおこない、その後のスペクトルの時間発展を調べた。
図7(上)は、M2内部潮汐波の主要な励起源であるハワイ海嶺を念頭において、緯度28oのコリオリパラメータを設定して数値実験を行った結果である。エネルギースパイクを与えた後10慣性周期にわたる2次元水平・鉛直波数スペクトルの時間発展を示している。時間とともに、初期にスペクトルの左端下に与えた低波数M2内部潮汐波のエネルギーが、高波数側にカスケードしていく様子がわかる。特に顕著なエネルギーカスケードが、スペクトルの左側上方部分、鉛直波数0.01~0.05cpm・水平波数3×10-5~2×10-4cpmの領域に認めることができる。この波数領域の内部波は分散関係式から周期1日程度の近慣性内部波に対応する。従って、このカスケードにともなって海洋中には鉛直スケールが数十m、水平スケールが10km程度の扁平な近慣性シアー流が発達していくことになる。この近慣性シアー流の強化と同時に、スペクトルの右上端の高波数領域のエネルギーレベルが増大してくることがわかる。このことから、高鉛直波数の近慣性シアー流が海洋中のスモールスケールの鉛直混合過程を活性化させる働きがあることが示唆された。
この数値実験ではエネルギーカスケード過程が緯度に対して大きく依存することも示された。図7(下)は高緯度のアリューシャン海嶺を念頭に緯度49oのコリオリパラメータで実行した数値実験の結果を示しているが、この緯度では緯度28oのケースに比べてM2内部潮汐波エネルギーのカスケードがほとんど見られないことがわかる。
図7:エネルギーカスケード過程の数値実験の結果
図7:エネルギーカスケード過程の数値実験21)の結果。数値モデル内のコリオリパラメータを緯度28o(上側)と緯度49o(下側)に変えておこなった結果を示す。準平衡内部波スペクトルに鉛直第1モード・M2内部潮汐波のエネルギースパイクを与えて計算した結果得られた初期状態(左)、4慣性周期後(中)、10慣性周期後(右)の各水平・鉛直波数2次元スペクトルを、エネルギースパイクを与えずに計算して得られる対応するスペクトルで規格化したものを示している。

上の数値実験で見られたようなM2内部潮汐波のエネルギーカスケード過程の性質は、"Parametric Subharmonic Instability"(PSI)により説明することができる。PSIとは内部波の代表的な三波共鳴相互作用のひとつであり、低鉛直波数・周波数ωの内部波から高鉛直波数・周波数ω/2の内部波を励起する働きをするものである8,14)。このPSI機構に基づいて数値実験の結果を解釈してみると、緯度28oはM2潮汐周波数ωM2(=8.05×10-2 cph)がこの緯度での慣性周波数f28(=3.39×10-2 cph)の2.4倍に対応するので、PSIによって低鉛直波数・M2内部潮汐波から周波数ωM2 /2=1.2×f28の高鉛直波数の近慣性内部波が励起されることになる。それに対して、緯度49oにいくと慣性周波数(f49=6.29×10-2cph)が増加してしまうため、 ωM2/2が0.65×f49となって内部波の最下限周波数である慣性周波数を下回ってしまう。このため、この緯度ではPSIは働かずM2内部潮汐波から高鉛直波数・近慣性内部波の励起がおこなわれなくなってしまう。
上の議論から、PSI機構によるM2内部潮汐波のエネルギーカスケード過程は、 ωM2=2fとなる緯度約30oを境に大きな緯度依存性をもつことがわかる。PSI機構はM2内部潮汐波に対して緯度約30oより低緯度側でのみ働くことになる。例えばアリューシャン海嶺など高緯度域の海底地形で励起されたM2内部潮汐波はPSIの影響を受けずに長距離を伝播して、緯度30oに達したところでPSIを通じて自身のエネルギーを高鉛直波数・近慣性シアー流に引き渡して減衰すると推察される。このようなPSI機構の緯度依存性の帰結として特に海洋力学の観点から重要なことは、海洋中の鉛直拡散係数も緯度に依存して大きく変化している可能性があることである。

5.2 鉛直拡散係数の緯度依存性の観測
このことを現実の海洋で検証するために、我々は投棄式流速計(XCP)を利用した一連の海洋観測を実施した2)。この観測では、図5の太実線で示したM2内部潮汐波の励起源の近傍を通過する複数の測線に沿って相当数のXCPを落下させて、水平流速の鉛直分布データを各海域で取得した。図1に示したのは、この観測においてハワイ近海で得られた流速プロファイルの一つである。このプロファイルには鉛直スケール数十mの流速変動が所々に見られるが、これがPSI機構によって励起される近慣性シアー流をあらわしていると考えられる。このようなシアー流の強度にGregg22)の提唱したスケーリング則を適用することによって、各海域での鉛直拡散係数を推定した。
図8は各海域で得られた鉛直拡散係数を緯度の関数としてプロットしたものである。これを見ると、PSI機構から予想されたように、鉛直拡散係数が緯度約30oを境にして著しく変化することが一目瞭然で認められる。緯度30oより高緯度側では、過去の乱流観測で得られたのと同様0.1cm2sec-1のオーダーの鉛直拡散係数値を示すのに対して、緯度30oより低緯度側ではMunk11)が提唱した鉛直拡散係数1cm2sec-1よりも大きな値をもつことがわかる。特に、高緯度のアリューシャン海嶺と中緯度のハワイ海嶺、伊豆・小笠原海嶺はいずれも同程度の卓越したM2潮汐周波数の励起源であるにもかかわらず、それらの近傍での鉛直拡散係数値は大きなコントラストを示すのが印象的である。

図8:投棄型流速計で測定されたシアー流強度から推定した鉛直拡散係数の緯度依存性
図8:投棄型流速計で測定されたシアー流強度から推定した鉛直拡散係数の緯度依存性2)

この結果から、海洋中の鉛直拡散係数のグローバルな分布が、MunkとWunsch15)が指摘したように海洋内部波の励起源の分布だけでなく、PSI機構に起因する緯度依存性にも強く規定されていることが明らかになった。

6.おわりに
外洋の海洋内部波の研究がスタートしてから約30年が経過した。その間に研究の主要テーマは移り変わってきた。最初の約20年はGMスペクトルに代表される海洋内部波場の第0次的描像を明らかにすることが目的だった。近年は本稿で説明したように、海洋内部波に起因する鉛直拡散係数のグローバル分布を解明することが、海洋力学の観点からも最も重要な課題となっている。この課題に対して本稿では筆者のグループの研究成果を紹介したが、その解答がまだ漠然とはしているが徐々に明らかになりつつあるのが現時点での状況である。
最終的な目標は、潮汐や大気擾乱などの海洋内部波の外力情報から、任意の海域での鉛直拡散係数を定量的に予測できるようになることである。そのためには、内部波の励起・伝播・エネルギーカスケード・消散・鉛直混合の各過程を統合した海洋内部波予測モデルを構築して、我々が現在把握している海洋内部波場の第0次的な描像を、グローバルな時空間的変動を含んだより高次のものへと進展させていく必要がある。その結果得られる鉛直拡散係数の情報は、従来の海洋大循環モデルで解消することの出来なかった最大の不確定要素を取り除き、気候変動予測システムの高精度化に大きく貢献するものと期待される。

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