学生の声
5月30日
まず大まかなイメージを持ってもらうために、博士課程の学生の1日の例を簡単に述べます。
9時半:大学に向かう。いつもより少し早い。昨日、サーバーの障害対応をしたので、早めに登校して、状態を確認したかったからだ。深夜に雨が降ったおかげで、空気が澄んでいて気持ちが良い。エアロゾル屋さんは、湿性沈着で空気がwash outされたとか表現するんだろう。昨日買ってきた新曲を聴く。音楽を聞きながら登下校する時間がなかったら、大学には行かない。
10時:学校到着。机の上が散らかっている。部屋には机は10脚くらいあるが、随一の片付いてなさである。朝散らかった机を見るのが修士の頃は憂鬱だったが、もう慣れてしまった。途中で買ったオレンジジュースを飲みながら、メールをチェックする。研究室からはスカイツリーがよく見える。前のマンションがなければ、もっとよく見える。
10時半:例のサーバーを見に行く。かなりの容量を積んだストレージが付いていて、高解像度全球モデルの出力データがぎっしり入っている。出力データの容量が大きいと、解析に使うサーバーに求められるスペックも高くなるので、研究室のサーバー群はかなり良い物が入っている(と思う)。その1台のストレージのHDDの故障が数年前から相次いでいて、昨日もディスクの交換作業をやっていた。
「うわっ、別のが壊れてる」ツイてない。現状を把握して「今日はM1がサーバー見回り当番だから、ちゃんと気づくかテストしよう」と見なかったことにする。罪悪感を和らげるために、溜まっていた廃トナーを回収場所まで持っていった。
11時:この時間になると半分くらいの人が研究室にきている。前日まで気象学会だったので、その残務処理。つくばは遠い。
スケジュールの確認。今週末は月に1回のグループミーティングがある。その月の研究成果を発表する場である。発表するネタがすでにあるかどうかで前日の忙しさが決まるが、今回は忙しくなるパターンだ。
11時半:先生に呼ばれる。添削して頂いていた論文が返却された。かれこれ3ヶ月くらい同じ論文の執筆にかかっている。文章を書かなくていいのなら、研究者は自分の天職だと思わなくもない。しかし、論文や申請書がしっかり書けてこそ、一人前の研究者なのだと、大学院生活4年目にして分かってきた。論文が書けなければ次の仕事に移れない(かもしれない)し、申請書が書けなければ研究が続けられない(かもしれない)。
12時:穴子まぶしご飯弁当。
13時:M1(徳島出身)が例のサーバーのエラーを見つけて、報告に来た。「合格!」と、自分のことを棚に上げて、すごく上から目線で評価する。M2(虫が苦手)に、ディスクの交換と、その方法をM1に教えるようにお願いする。
14時:論文の改訂。自分の前の席では、D3の先輩(黒ヒゲ)が、明日の気象学セミナーの準備をしている。これは、1時間半程度自分の研究について発表するセミナーで、年に1,2回担当が回ってくる。博士課程の学生が発表する場合は、海洋の先生・学生も参加する。参加しなければならないセミナーは数多くあるが、気象学セミナーの準備がおそらく一番大変だろう。D3の先輩(黒ヒゲ)は、それに加えて、週末のグループミーティングの準備、論文×2の執筆、6月末のスイスでの学会参加など、スケジュールがとんでもないことになっている。
14時半:M1(レッドブル)からLinuxのコマンドについて質問された。彼はLES(Large Eddy Simulation)を使って境界層を調べている。次のランでは、格子間隔をより細かくするそうだ。そのうち先生が部屋に来て、昨日の気象学会のセッション「波と平均流の相互作用」に話題が移る。セッション当日の議論は空中戦で、翼を持たない凡人はただ眺めているしかなかった。D4の先輩(理論屋)が発表をしていた。気象学で理論を中心に研究を進められる人はなかなかいない。その先輩が新たに導出したフラックスがある。そのフラックスは普通「先輩の苗字+フラックス」と呼ばれているが、共著者である先生の名前が入っていないのが心配である。
15時:昨日の気象学会の発表で出てきたHayesの定理について、M2(虫が苦手)から教わる。彼は1年前までEP fluxも知らなかったはずだが、もう私が教わる側になっている。多少複雑な気分ではある。ただ、研究室に得意分野の違う人がいると、その人数分だけ専門知識を参照できて便利である。
18時半:夜になると虫が入ってくるので、M2(虫が苦手)が窓を締める。いつも通りの光景。
19時半:改訂した論文を先生に持っていく。その場で直される。さっき考えていたことのリフレイン。
21時:この原稿の締切りが、明後日であることに気がつく。執筆開始。
21時半:M1(レッドブル)が机の周りを掃き掃除している。衝撃である。ちなみに、私の周りは床にも物がいっぱい置いてある。
0時:部屋に残っているのは、M1(レッドブル)とM2(虫が苦手)と私になった。M1(レッドブル)は、明日の教科書読みセミナーの準備をしているようで、M2(虫が苦手)に質問をしている。どちらも声が高い。
0時20分:下校。0時半に正門が閉まるので、ちょっと急ぐ。途中で牛乳を買い忘れた。
以上です。
ずっと研究室に篭っているように見えますが(ほとんどその通り)、外に出ることもあります。例えば、自分の研究成果を発表するために学会に参加します。学会は、他大学・研究機関の研究者や学生と知り合いになる機会でもあります。夏には、全国の気象学を志す大学院生が集まり、昼は勉強、夜は親睦を深める「気象・夏の学校(通称なつがく)」があります。研究の進捗によっては、海外へ発表・短期間留学に行くこともあると思います。
最後に、私が取り組んでいる研究の概要を紹介します。
高緯度地方に特有の雲、具体的には、オゾンホールの形成に重要な役割を果たす「極成層圏雲」と、高高度 (80~90km) に出現する「極中間圏雲」について研究しています。どちらも日が暮れた後に、空に輝く雲です。これらの雲からは雨は降りませんし、天気予報に出てくることは、おそらくありません。ですが、極成層圏雲の出現や組成についての理解はオゾンホールの将来予測において重要な要素ですし、極中間圏雲は、メタン・二酸化炭素の人為起源の排出と関係している可能性があるなど、興味深い面が多々あります。
私は、衛星ライダー・レーダーやGPS掩蔽観測、地上ライダー・レーダー、再解析気候データなど複数のデータセットを用いて、主に大気力学の観点からこれらの雲の研究を行なっています。
長くなりましたが、みなさんの進路決定において、この文章がお役に立てれば幸いです。
2012年6月4日 博士課程2年 高麗正史(一人ラジオ)