学生の声
横尾 直樹 (地球生命圏科学講座 修士2年)
バイオミネラル
皆さんは「バイオミネラル」という言葉を知っていますか?「バイオ」も「ミネラル」も、しばしば耳にする単語だと思います。でも「バイオミネラル」という一つの単語になると、よくわからない人が多いのではないでしょうか。少なくともテレビのニュースなどにはまず出てこないでしょう。しかし、このバイオミネラルというものはとても身近に存在しているのです。例えばヒトの骨格や、エビ、カニなどの外骨格、そして貝殻などが挙げられます。これらは外界で形成されたものと異なり、生体の中でしか形成され得ない、特殊な構造をしています。では何故、生物はそのような鉱物を体の中に形成するのでしょうか。主な役割として、以下のような働きが考えられます。
1.外敵に対する生体の保護、防御
2.生体の構造的補強
3.カルシウムの貯蔵
4.平衡感覚の保持
これらはいずれも、生物にとってなくてはならない重要な役割です。貝に殻がなければ格好の餌ですし、ヒトに骨格がなければ立っていることすらできません。カルシウムを貯蔵していなければ脱皮後のザリガニは殻をほとんど形成できず無防備になってしまいますし、魚が耳石によって平衡感覚を持っていなければ、どうなるかは想像できるかと思います。このように、その機能の一部を挙げただけでもバイオミネラルというものは非常に重要な役割を果たしていることが理解できるかと思います。しかし同時に、この分野は未だよくわからない点も多く存在しており、これからの発展が期待される分野の一つであると言えるでしょう。また、いくつかの分野の境界付近に存在している分野である、という点も注目すべきところではないでしょうか。バイオミネラルの形成にはタンパク質の関与が必要ですから、鉱物学からの視点だけではわからないことも多く、逆に生物学的な視点だけでもその全容を理解することはできないでしょう。今のところはまだ分野としての境界がある程度はっきりとした状態ですが、将来的にはこれらバイオミネラルに関わる分野の境界は消滅に向かっていくと思います。
私自身の研究について
アコヤガイという貝があります。二枚貝の一種で、日本の真珠養殖に広く利用されていることで知られています。この貝やその仲間の種が持つ貝殻は、少し特殊な構造をしています。殻の外側(海水に接している側)と殻の内側(軟体部に接している側)とで、その形態が全く異なるのです。殻の外側には鉛筆を束ねたような構造をしている稜柱層、内側には薄い結晶をいくつも積み重ねたような構造をしている真珠層を形成しています。そして、これらはどちらも炭酸カルシウムとタンパク質から成っているのですが、この炭酸カルシウムの多形も異なり、稜柱層ではカルサイトを、真珠層ではアラゴナイトを形成しています。このような形態は自然界では生体内でしか見ることはできず、タンパク質の関与が示唆されていますが、そのメカニズムは解明されていません。私はこのアコヤガイについて研究しています
アコヤガイ成体(右)とその殻構造(左)。 左上は稜柱層を貝殻表面に対して垂直な面で、左下は真珠層を貝殻表面に対して垂直な断面を作製し、観察したもの。 |
扱っているのはアコヤガイの幼生です。幼生で形成された殻は、当然ながら成体で形成される殻より先に形成されているわけですから、その構造や形成過程を明らかにすることが貝殻の研究をする上で非常に重要なことであるとの考えからでした。また、近年問題となっている二酸化炭素濃度の上昇は、幼生の成長にも影響を与えています。大気中の二酸化炭素濃度の変化は、海水のpHをも変化させます。その影響を受けやすいと考えられるのが、殻を形成し始めるあたりからの幼生なのです。つまり、現在の幼生貝殻の形態を知ることで、将来何か変化が生じたときに比較対象としてのデータを蓄積する、という目的もあります。
私が実験に使用しているサンプルは三重県水産研究所で人工授精したものです。左に研究所付近の写真を載せます。私にとっては、この研究所がフィールドと言っても良いかもしれません
また、行う研究としてはもう一つ設定しています。それが、幼生におけるタンパク質の局在解析です。むしろこちらがメインと言ってもいいかもしれません。成体でのタンパク質の局在解析は、それなりに 行われてきています。しかし、幼生での解析となると存在しないのです。先に述べたように、幼生の殻の形成過程を明らかにすることは非常に重要です。その際、鉱物学的視点から形態を観察するのみならず、生物学的視点からの解析も必ず必要になってきます。現在のところ、鉱物系は鉱物系、生物系は生物系で固まっているような印象を受けます。その双方の考え方、技術を持つことで、新しい発見の可能性が生まれるのではないかと考えています。
具体的な手法ですが、構造解析についてはそれほど難しいことをしているわけではありません。基本的には樹脂に幼生を埋めて断面を作成し、それを走査型電子顕微鏡(SEM)で観察する、という流れです。断面を作成するのが困難なほど微小なサンプルや詳細に観察したい部位については、透過型電子顕微鏡(TEM)を使用します。タンパク質の局在解析については、すでに得られているタンパク質に特異的に反応する抗体を作成し、その抗体にまた別の抗体を結合させます。そこに金粒子を結合させておくことで、タンパク質が存在している部位をSEMで観察すると金粒子が見え、局在がわかるという仕組みです。
これらの研究で、どういう過程を経て貝殻は形成されていくのか、それがわかると期待しています。最終的に自分の研究がどのような形を示すのか、それが研究の一番の楽しみだと思います。
非常に高価な機器であるため、研究室単位で所有しているところは数少ないようです。
大学院について
東大の大学院は他の大学から移ってくる学生がかなりの割合を占めています。分野まで変えて進学してくる学生も少なくありません。私もその一人です。私の場合、大学からそのまま院に行くか、東大に移ってくるかで悩みました。入学のきっかけとなったのは、大学時代卒業研究の指導教官だった先生に「研究者を目指すなら他の大学も見てみれば?」と言われたことでした。当時は貝殻の遺伝子を扱っており、そこから殻の構造に興味を持ち始めていたことも決断する後押しになりました。そこから今の研究室に入り、研究内容を設定して今に至ります。周りは他の研究室も含め、皆優秀でついていくのが大変ですが、気のいい方が多く、とてもいい環境だと感じました。研究室に入るにあたって、何をテーマとして研究していくのかを数回にわたって先生と相談しました。私の場合、最初から決めていたのは「貝殻を扱いたい」ということだけでしたから、そこから先を何人かの先生と相談し、最終的に卒業研究で扱っていた分野にも係わってくるアコヤガイを研究していくことに決めました。そこである程度きっちり決めていたことで、実際に入ってからスムーズに進んだと思います。
大学院選び、研究室選びについて私から何かアドバイスをするとすれば、次のようになります。
- 自分がやりたいことをしている研究室かどうか
- 就職はどのような感じか
- 先生とはうまくやっていけそうか
これらの点は考えておかなければならないポイントだと思います。1については当然ですが、もし自分の研究したいことが漠然としていても、それに近いことをしている研究室でなければ意味がありません。2については、修士で卒業し、就職する院生が多い現状では考慮に入れておく必要があるでしょう。博士課程に進むのであれば、それほど関係はなくなると思います。ここで一番重要なのは、3の「先生とうまくやっていけそうか」ではないでしょうか。自分のしたい研究をしているからといって全く合わない先生のところで我慢をし、やる気を失くしていく学生はどこの大学にもいます。そうならないために、研究室を決定する前にその研究室のPDの方々や先輩の院生達に話を聞いて、なるべく自分に合った研究室を選ぶと良いと思います。
最後に
私は他の大学から移ってきましたが、そのままそちらに残るという選択肢も全く悪いものではなかったと思います。特に私の場合は分野も少し変えたので、当時の研究内容をさらに深くつきつめていくのであれば、新しい基礎知識を学ばなくて済む、わざわざ周りとの人間関係をもう一度構築しなくて済むなど、楽な面もたくさんあったでしょう。しかし、大学を移るということは、それだけのメリットもあります。一つの大学の中だけで生きていると、どうしても視野が狭くなってしまいがちです。東大は他の大学、他の分野から来ている学生がかなりの割合を占めています。それはつまり、それだけ様々な考え方、ものの見方をしている学生が多いということです。そういった学生たちと話すことで視野が広がるような気がしています。
結局最後にどうするかを決めるのは自分自身です。よく考えて、より後悔しないような結論を出してください。