学生の声

メタンハイドレートと私の研究
戸丸 仁 (地球生命圏科学講座 松本良研究室 博士3年)
著者近影
カナダ、マッケンジー川でのメタンハイドレート掘削現場にて.

1.はじめに

「水の惑星」といわれるほど地球にとって水は欠かせないものです。そして地球上の水の97%以上が海水として存在しています。海水の存在なくして、われわれは生きていけないだけでなく、地球上に生命が誕生することもなかったといわれています。それほど重要な「海」ですが、実は宇宙同様、その大部分がいまだ謎に包まれています。確かにロケットや、人工衛星を使った調査ほど華やかでニュースとして大きく取り上げられることも多くはありませんが、今この瞬間も世界中のさまざまな海域でさまざまな手法を使って調査が続けられています。

2.メタンハイドレート

私が今研究をしている「メタンハイドレート」もいまだ謎が解き明かされていない海の一部です。メタンハイドレートとは圧力が高く温度が低い条件で水とメタンなどのガスが反応してできる氷状の物質で、ガスを大量に含んでいます。地上の数十倍の圧力があれば、真冬の東京並みの温度でも氷のような姿で存在でき、もし1リットルのメタンハイドレートが分解するとそこからは約200リットルものガスが発生する不思議な物質です。地球上では水深数百メートルよりも深い海底面下の堆積物中や、カナダやロシアなどにある永久凍土の下の堆積物中がこの条件を満たしており、さまざまな方法によってその存在が確認され、実際にメタンハイドレートが回収されています。メタンハイドレートというとあまり聞きなれなく、胡散臭い感じもしなくはないですが、メタンではなく塩素からできているハイドレートに関してはファラデー(電気容量の単位にもなっているえらい人)達によっても19世紀のはじめに報告されている由緒正しい物質です。その後も天然ガスパイプラインを詰まらせる原因物質として研究されるなど、一部の分野の一部の人によって研究が続けられてきました。近年になって、さまざまな海洋調査や掘削(実際に海底や地面に穴を掘る)技術の発達によって、実際にメタンハイドレートが自然の状態で存在することが確認され、それ自身を回収できるようになり、急速に研究が進みました。特にメタンハイドレートが魅力的なのはその変わった姿、特徴ももちろんですが、何よりも天然のもののほとんどがメタンなどの天然ガスとしてエネルギーになりうるガスでできているという実学的な側面と、現在‐過去‐未来を通して地球環境に大きな影響を与えうるという自然科学的な側面を両方併せ持っているからだと個人的には考えています。エネルギー資源としてみると日本近海にあるメタンハイドレートだけでも日本で消費する天然ガスの100年分以上を補えるとされています。石油や石炭に比べてクリーンな次世代の天然ガスエネルギー資源として日本でも盛んに研究が行われています。

3.メタンハイドレートと地球科学

メタンハイドレートと地球科学の接点はエネルギーとしての有用性よりも生物の絶滅や環境変動にかかわる少し怪しげなものです。メタンハイドレートは低温高圧でできるとはいえ、もしその条件が少しでも崩れると、大量のメタンを放出してしまいます。実はこのメタンが曲者で、もし海中に放出されると、その付近の海水中に溶けている酸素はメタンと反応してなくなってしまいます。つまり何かの拍子にメタンハイドレートが分解すると海水中の生物が大量に絶滅してしまう可能性があるのです。実際最近の研究では大昔に地球上で起きた生物の大量絶滅のうちのいくつかはこのメタンハイドレートの分解がかかわっているかもしれないという証拠が見つかっています。しかもそのメタンが大気中に放出されると、メタンは実は二酸化炭素よりも強力な地球温暖化効果のあるガスなので、地球全体の温暖化が進む恐れがあります。メタンハイドレート自体は水とメタンと適当な温度圧力条件があれば時代にかかわらず海底などに存在しているので今もどこかで少しずつ分解しているかもしれないし、将来、大量に分解が進むことも考えられます。メタンハイドレートの分解自体を抑えるというのは難しいかもしれませんが、過去に本当にそのようなことが起きたのか、起きたとしたらその結果何がどうなったのか、ということを明らかにすることは、将来に起こりうる変化を知るためにも重要なことで、現在‐過去‐未来のつながりをぐるりと見回すことのできる、まさに地球科学の醍醐味といえると思います。

4.ハイドレート研究のいろいろ

現在われわれの研究室の主にメタンハイドレートをテーマとしている人たちは、メタンハイドレートがある地域では現在何が起きているのか、また過去にメタンハイドレートの分解によって引き起こされたさまざまな反応の痕跡を見つけて研究しています。具体的には石垣島の周辺の海底でメタンハイドレートの分解が作ったと考えられる煙突状の岩石の分析、日本近海、メキシコ湾、アメリカオレゴン沖、フロリダ沖や、カナダの永久凍土地域で取れた堆積物から搾り取った水や岩石の分析、メタンハイドレートそのものの分析などを行っています。また、海底の環境を実験室で再現して人工的にメタンハイドレートを作り出し、さまざまな分析を行っています。私自身は修士論文として、日本近海の南海トラフ地域でおこなわれたメタンハイドレートの掘削調査に参加して水やメタンハイドレートの分析をし、現在博士論文としてカナダの永久凍土地域のメタンハイドレートに関する研究を行っています。そのほかにも、国際深海掘削計画(ODP)という調査で海外の研究者の人たちと2ヶ月ほど一緒に船の上で研究したり、カナダやアメリカの研究機関の行う調査に参加させてもらったりと、いろいろなところにお邪魔させてもらって研究を進めています。メタンハイドレートというちょっと特殊なものを扱っているので、なかなか個人で試料をとって分析とはいかないので、必然的に海の上や北極圏など、変わったところに行くことが多くなり、これもまた研究の楽しみのうちかと思います。

5.研究のきっかけ

もう少し、私の研究について話をしようと思います。もともと地球科学をやろうと思ったのは、高校時代に進路について考えていたときに、東北大学の地球科学関係の先生がある雑誌で、「実験だけの自然科学は死ぬ」というような事をおっしゃっていたのを見て、非常に感銘を受けたからでして、せっかくなら地球を直接調べる地球科学をやろうということで、そのまま東北大学に入りました。大学時代はやはりハイドレートの研究をしていましたが、天然のハイドレートではなくテトラヒドロフランという液体の有機物を使ったハイドレートでした。それがどのように生成するのかということを小さな容器の中で実験して、テトラヒドロフランハイドレートができるときの非常に小さな温度や濃度変化を読み取って、結晶学的な手法で解析をしていました。現在の研究とはだいぶ違う見方で研究をしていましたが、小さいものがいくつも積もり重なって大きな変化となっている科学の世界では、比較的大きなスケールで話をしている現在の研究でも非常に役に立っていると思っています。ある地域で起きているメタンハイドレートの生成を、非常に小さな数mm以下の世界での出来事の積み重ねとしてあらわすことができるのは、科学の基本のひとつでもあるからです。そんなことをして大学の卒論は実験室にこもって仕上げたのですが、卒業後の進路を考えるにあたって、すでに述べた名台詞の張本人の先生からハイドレートの研究なら・・・、ということでちょっと話をされたのが今所属している松本先生率いる研究室です。松本先生は、ハイドレートの研究をはじめたばかりのときに読んだ、日本語のハイドレートの教科書(?)の著者でもあったので名前はだいぶ前から知っていたのですが、どこに進学しようかというのはまだまだ決まっていない状態でした。実際に会って話を聞いてみると、どうやらちょうど私が入学する時期が南海トラフ、カナダ、国際深海掘削計画(ODP)と大きなメタンハイドレートに関する計画の時期と重なっており、天然のメタンハイドレートの研究をはじめるならまたとないチャンスだろうという話になり、大きく気持ちが揺らぎました。テトラヒドロフランの実験もいろいろと苦労して装置から自分で組み立てたりして軌道に乗ってきていたのですが、やはり、天然のメタンハイドレートを手にする機会というのはなかなかないだろうし、せっかくだからもう少し典型的な地球科学よりに舵を切ってみようと思い,現在の研究室への進学を決めました。実際はもう少しいろいろと悩んだのですが、ともかく動いて話を聞いてみないと始まらないことは確かなようです。

6.現在の研究生活と受験生へのアドバイス

現在の研究室に来てからは、「忙しい」というのが一番の感想ですが、「貴重な機会を利用して、重要な計画の一端を担っている」ということを身にしみながら研究をしています。すでに触れたように、大学院では南海トラフ、カナダの永久凍土地域のガスハイドレートについて、特にどのようにしてできているのかということを、地下の堆積物でのメタンや水の動きと絡めて研究しています。

修士で研究した南海トラフでは、御前崎沖約50kmの海上にリグと呼ばれる海底面に穴を掘るやぐらを設置し、海底面下数百mの穴を掘り、メタンハイドレートが含まれる堆積物を回収しました。世界中でも数えるほどしか経験者がいない生のメタンハイドレートを掘削している現場に参加し、自分で試料の採取を行うということは今でも忘れられないくらい興奮した経験でした。また、現在分析を進めているカナダのマッケンジー川河口の永久凍土下のメタンハイドレート掘削では、まず普通には行くことがないだろう北極圏(しかも北極海に面している)での調査で、しかも海洋に比べてほとんど例のない永久凍土地域のメタンハイドレートの掘削であったため、非常に貴重な経験ができたと思います。そのほかにも、石垣島付近での潜水艇を使った調査やアメリカオレゴン沖の国際深海掘削計画(ODP)の調査などにも参加しました。これらの調査に参加できたのはやはりタイミングが大きく関係してはいますが、大学院を選ぶときに決断をしてよかったと思っています。これからもメタンハイドレートの研究は地球科学の大きなテーマとして続けられていくだろうし、研究が進めば進むほど次の課題がでてくると思います。いろいろな方向から研究をすすめる必要性もどんどん高まってくると思いますので、いろいろなバックグラウンドを持っている人たちと一緒に研究ができることをうれしく思います。回り道をしても無駄になることはありませんので、いろいろなところから情報を取り入れてください。で、最終的に「メタンハイドレートおもしろそうだな・・・」ということになったらぜひご連絡を。

マッケンジー川の掘削のときは近くの(車で2時間くらい)の町の研究施設を借りて、そこから移動した。
国際深海掘削計画(ODP)で使用されているJOIDES Resolution号。カナダのビクトリアで出港を待っている。
JOIDES Resolution号の上での作業の様子。2ヶ月の長丁場のまだ始まりなので、みんな元気。