学生の声

微生物と岩石の相互作用の解明
摂津 理仁 (地球生命圏科学講座 修士2年)

 

1.微生物と岩石
微生物と岩石は一見何の関係もないように思えます。では、微生物と岩石の相互作用とはいったい何のことでしょうか?これまで、鉱物の沈殿と溶解は多くの場合無機的に行われていると考えられていました。最近では微生物による関与が大きいのでないかと考えられるようになっています。それが最も活発に起こっているのが、海底熱水系ではないかと考えられているのです。すなわち、海底熱水域から海水に放出される熱水中の化学物質が、微生物が関与した反応により変化を受けたり、微生物活動によって鉱物が沈殿、溶解したりすることなどです。逆に、岩石から微生物への作用として、岩石中の、または鉱物表面に吸着した生物に必須な元素(リンなど)の微生物への供給、ならびに微生物への住み場所の提供が考えられます。

 このような微生物と岩石の関係は生物や地球の進化を考える上で重要な要因です.

さらには、原始生命の合成プロセスとして、黄鉄鉱やペントラダイトといった硫化物表面での有機物を使ってのアミノ酸合成説が注目され、支持されつつあります。実際に現在の地球上で硫化鉱物表面でのアミノ酸合成を立証することができれば、それは生命誕生の場の解明に重要な手がかりとなります。

2.海底熱水系
微生物と岩石の相互作用が活発に行われていると考えられている海底熱水系とはどういう場でしょうか。海底熱水活動は1977年、東太平洋海膨の北緯21度で発見されました。海嶺や、海膨といった場所では、絶えずマントルからマグマが供給され、岩石を生成しています。そのマグマの熱により、海水が熱せられ、そして岩石と元素のやり取りを経験し、海水とは異なる高温、還元的な熱水として海中に放出されるという一連の過程、それが海底熱水活動です。日本周辺でもプレートの沈み込みに伴う海底火山、海底熱水活動が数多く発見され、研究されてきました。

海底熱水系での微生物と岩石の相互作用の概念図(これ以降,全ての写真はアーキアン・パーク計画より提供していただいたものです)

3.地下生物圏
近年、「陸域生物圏」、「水域生物圏」というわれわれになじみの深い生態系に加えて、広汎な「地下生物圏」が存在することが指摘され、推定される微生物の存在領域は拡がりを見せているのです。上記の海底熱水系もこの地下生物圏に含まれます。地下生物圏の微生物量は陸域生物圏や水域生物圏の生物量の総和に匹敵すると推測されています。地球上における全原核生物の微生物量のおよそ92%は地下生物圏に生息していると推測する研究もあるほどです。このため、地球全体の物質循環を考える上で、微生物の関与による鉱物の沈殿・溶解を無視することはできません。

4.なぜ海底熱水域なのか
微生物と岩石の相互作用を解明するためになぜ海底熱水域なのか。それにはいくつかの理由があります。まずは、上にも記しましたが、近年存在が指摘されている地下生物圏の内で、海底熱水域は微生物の活動がもっとも盛んなところであると考えられているからです。そこでは地下生物圏が岩石とより密接に関係していること、そして微生物との相互作用の結果がより新鮮な形で保存されていることは想像に難くありません。しかも地下の岩石を直接手に取って調べられるということは、解明の上で大きな利点になります。

さらに、海底熱水域では、熱水による還元的な化学物質という、生物が生息するために必要なエネルギーが供給されています。生物は無機物から有機物を合成する独立栄養生物と、生成された有機物に依存する従属栄養生物に分けられます。前者が植物で、無機物から有機物を合成するプロセスとして光合成を行っています。しかし、光の届かない深海では替わりに化学合成が行われています。そのために必要な化学物質(硫化水素、水素、メタン、二酸化炭素、アンモニアなど)が供給される海底熱水域では、他の地下生物圏に比べて微生物活動がより活発であると考えられます。これらが、第1次生産者として海底熱水域で見られる大型生物群集の食物連鎖を支えているのです。微生物量が多いのは、海底熱水域では、高温で還元的な熱水と低温で酸化的な海水の間で温度、酸化還元フロントが存在し、バリエーションに富んだ微生物が期待されるからです。

最後の理由は海底熱水域が始原地球に近いことです。上記のように、微生物と岩石の相互作用を解明することは、生命誕生、生物進化を解明することにもつながります。そして、始原地球を考えるには、環境の類似した海底熱水域から推測することが最適です。事実、海底熱水域から採取された微生物は真正細菌、古細菌、真核生物の系統進化の道筋を表す系統樹の根元に近い微生物が発見されており、生命の誕生、初期進化にとって最適な環境と考えられています。

生物の系統樹熱水付近の微生物は系統樹の根元付近から分岐している
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5.研究テーマ  
私の研究テーマは微生物と岩石の相互作用の解明です。特に海底熱水活動が観察される水曜海山をフィールドとしています。水曜海山というのは、小笠原父島の西北200kmにある海底火山で、そこの海底には300℃を越える温泉が噴出しています。このような現象のことを、海底熱水活動と呼びます。海底熱水活動は25年程前に新しく発見された現象で、地球上に200ヶ所ほどあることが知られており、今も世界中で研究がなされています。私は国際共同研究アーキアン・パーク計画のメンバーの一人として、水曜海山の海底熱水域を掘削して調べる研究を行っていますが、これは世界的にも珍しい試みです。アーキアン・パーク計画には、60名程度の研究者や大学院生参加しています。約半数が微生物学者で、残りの半分が地球化学、地球物理学、地質学の研究者なので、多岐にわたる研究がなされています。私の指導教官である浦辺徹郎教授がこの計画の研究代表者であるという幸運にも恵まれ、2002年度から参加しました。実際に、2002年度の航海に参加し、掘削の現場に立ち会うこともできました。私は地質の人間ですが、以下にその航海での経験、また、東京大学大学院に入学しての体験談を書きたいと思います。
水曜海山の位置
父島の西北200kmのところにある
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6.調査航海
アーキアン・パーク計画としてはいくつもの航海がありますが、私が2002年度に参加した航海は、実際に掘削をおこなう第2白嶺丸による航海でした。水曜海山の水深は1390メートル。船上から同軸ケーブルにつり下げて掘削装置BMSの投入をします。大海原に4.5トンものBMSが投入される様は荘厳かつ雄大で、その光景は一見の価値ありです。BMSを投入すると、着底、掘削ポイントの決定までカメラを通して海中・海底の様子を見ることになります。初めて海洋底を見ての感想は、「月夜の砂漠」と言ったところです。水曜海山の海底面には砂地が拡がっていたということもあり、カメラに映し出される、明かりに照らされた海底面はまさに月夜の砂漠と言うところでした。幻想的な光景の一方で、生命の存在を疑いたくなるようなそんな冷酷な感じを受けます。

観測装置「BMS」を白嶺丸甲板より投入
調査に利用した第二白嶺丸
深海底を漂うミミダコ何ともかわいらしい.

そのようななか、突如、熱水域が現れます。チムニーから噴出する熱水と、その周辺に群がるソコダラ、ウナギの仲間、ヒバリガイ、カニ、エビなどの生物群集。今まで本で読んだり、経験者から聞いたりした世界がそこにはありました。

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熱水噴出口発見!
モクモクと煙の様なものをあげる熱水噴出口.その周りには白いバクテリアマットが繁茂する.
黒い煙をたなびかせるブラックスモーカー
シンカイヒバリガイという二枚貝がその周りにびっしりいる.
熱水噴出口付近から採集したバクテリアを顕微鏡下で観察したところ

掘削装置を安定な場所に固定し、コアバレルとよばれる掘削管を交換しながら海底面を掘削していきます。掘削する深さは最大12メートル程度ですが、装置の投入から掘削、そして引き上げの一連の作業は1日仕事になります。掘削が終わり、装置と共にボーリングコア(円柱状にくりぬかれた岩石のサンプル)が船上に回収されると、いっせいにサンプル処理が始まります。海底の微生物は嫌気的で、酸素の存在下で生存できないため、スピードが重要です。採取されたサンプルは急いで脱酸素剤とともにパウチします。私も微生物と岩石の相互作用がより顕著に見られそうな個所を選んでサンプリングをおこないました。

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熱水噴出口にコアを打ち込むところ
上がってきたコアの一部

熱水の動画1(1.3MB, MPG形式)

熱水の動画2(1.3MB, MPG形式)

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7.この分野に進むにあたって
私は大学院から東京大学に来ました。大学時代も同じように地質に所属し、そのころは陸上の鉱床について研究していました。地質に進んだきっかけは、大学時代のフィールド実習です。高校時代は物理と化学を取っており、地学の知識がないため、新鮮さによるものと言えなくもないのですが、今まで何気なく見ていた岩石の成因について説明を受けたときの感動はひとしおでした。そのときの感動が元で、鉱床のフィールド実習にも参加しました。その鉱床では鉄ガーネットを採掘していました。鉄ガーネット自体はその名の通り、鉄の含有量が多く、そのため宝石としての価値はなく、研磨剤として採掘されていたのですが、そのような元素濃集システムは私の心に響くものがありました。このことが私が鉱床を研究する道に進んだ理由になります。その後、大学で拙いなりに勉強をする過程で、菱刈金山などの存在に興味を、そして熱水性鉱床への興味を持つようになりました。幸い、その時の研究室に海底熱水活動の研究をされている先生がいらっしゃられたこともあり、海底熱水活動について教えを受ける機会を得ました。現在、日本の周囲が海に囲まれているということもあり、海底熱水域の研究は盛んに研究がされています。私自身、このような現場に身をおきたいということもあり、この分野へ進学しました。

8.東京大学大学院に入って
 大学院から東京大学へ来た私ですが、最初に驚いたことは学生の数の多さでした。東京大学からの進学者に加えて、ほかの大学から進学する人間も多く居ることがその多さの理由だと思います。進学した院生は、東京大学では、研究室ごとに分かれて机をかまえるのではなく、学生室として違う研究室、分野の方が入り乱れて1つの部屋に机を構えています。そのためもあり、学生の中で係りというものが存在し、日常生活をする上でいろいろと手助けをして頂きました。例えばネットワーク関係などです。そのため、当初考えていたより、スムーズにこちらの学生生活に溶け込めました。また、研究をする際も、薄片室の使い方や機器の使い方などについても、先輩からいろいろ教えて貰えます。このため、ほかの大学、またはほかの分野から進学する方でも、「慣れるまでに時間がかかるのでは」、または「打ち解けるのが大変そう」といった不安を抱く必要はないと思います。

最後に、私の研究室紹介をします。私の研究室では、地球化学と鉱床を研究しています。具体的な研究例として上を参考にして頂いて結構ですが、ほかにも地球化学・鉱床の分野の様々な研究をしています。最終的には、実際に教官の方々と直接話をするのがよいと思います。海底熱水系に興味があるが、船に乗るとなると船酔いが心配という方もいらっしゃると思います。私自身、船酔いへの心配もあって、調査船に乗ることはあまり気乗りがしませんでしたが、実際に乗ってみると、つらいのは最初の2、3日で、すぐに慣れてきます。なかには、初めてにもかかわらず、船酔いにならない人もいたほどでした。それを考えると、船酔いは気にするほどではないと言えます。船では様々な専門の人と知りあえ、直接話をする機会があります。そういう意味でも、乗船できてよかったと思っています。

本ページで利用した全ての写真,動画はアーキアンパーク計画から提供していただいたものです.
アーキアンパークの公式HP

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