学生の声
久保 貴志 (地球生命圏科学講座 修士2年)
東京大学大学院に入学するまで
私は幼い頃庭で砂遊びをしている時に見つけたきれいな石や貝殻などを父親からもらった万年筆の箱に溜めこんでいた。なぜそのようなことをし始めたのかは覚えていない。そのころから父親と河原に行って遊んだ後には石を見るなど、常に石を見るようになっていた。今思えばおじゃる丸の田村カズマ君的少年時代だったのかもしれない。
子供を対象にした科学の質問会のようなものが開かれると今までに集めた石を持って行っては子供向けの知識や呼び名を教えてもらっていた。
ある日、家族でキャンプに行った帰りに河原に立ち寄って父親が徐に石を割った。中に貝が入っていた。私の生まれ育った場所の近辺には堆積岩が分布していなかったので、感動して虜になった。そこで取った大量のサンプルを自宅に持ち帰り、クリーニングをするのが私の幼少期の遊びになった。
その後録画で見た地球大紀行という番組で長い時間軸を追うことによって見えてくる地球の姿に感動し、地球科学全般に興味を持つようになり、ただ漠然と研究がしたいと思っていた。
その後長らく私は“研究”ということを理解していない単なる化石マニアであり続けた。
高校生の頃、日本各地の化石産地を回りつつ、博物館を訪れていた。ある小さな博物館を訪れた時のことだった。地元で産出した資料のみを展示していた。特に珍しいわけではないし、保存状態が良いわけでもなかったが、館全体としてのコンセプトが明確であった。
その時初めて研究ってこういうものなのかもしれないと思った。
その後、大学は希望する地学系の学部には入れず、そのまま卒業し、会社員として生活していた。会社は大好きだった。しかし、自分自身の人生を考えた時、研究のない人生がどうしても不自然に感じてしまう。やはり私は研究がしたい。自分の考えたアイディアで地球科学に貢献したいという気持ちが抑えきれず、会社を辞めようと決心した。
会社を辞めて大学院で研究をしようと決心してから実際に入るまでが非常に厳しい試練だった。会社で働きつつ夜自宅に帰り、仕事を済ませた後に基礎的な地球科学・物理・数学の知識を身に付けた。理数系の授業をどこかで受けたわけではなかったので非常に苦労した。
受験大学院は東京大学大学院に決めた。理由は古生物の研究テーマとして、大型生物を研究テーマに扱うことが多い大学院だったからだ。
受験は地球科学系の学部、さらには文系出身者でも合格基準に達していれば入ることができる。入試問題は簡単ではないが特別なマニアックな知識題はないし、専門知識よりも、広く一般的な知識を問うものが多かった。その上過去問を分析すると今年は何が出そうか見当がつけやすかった。
とはいえ、私にはかなり高い壁で、なんとかパスして入ることができた。
私は会社を辞めて学生に戻るというリスキーな選択を後悔していないし、会社で働いていた過去も後悔していない。今でも会社員生活で得たことは私の支えになってくれている。
入ってから今まで
まだろくろく研究が進んでいないうちからこういくことを書くことに違和感があるが、私は多くの古生物学者は専門の生物を持っているのに対して、生物群のあり様、生態に興味がある。具体的には“生態遷移”ということに興味がある。
ある生物が大きなコロニーを形成することによって、もともとそこにいた生物とは違う生物が入り込んでくる(生態遷移が起こる)。どのくらいの時間で遷移が起こり、安定した生物相になるまでどのような生物群の出入りがあるのかを研究している。現在はその素材としてカキのコロニー(一般的にはカキ礁と呼ばれている)を扱っている。
オウムガイやソテツなどは太古の時代から大きく姿を変えていないので“生きている化石”と呼ばれており、現在の食卓に上るマガキに近い仲間も中生代頃に地球上に現れ、そのまま大きく性質を変えることなく現在にいたっていると考えられている。
カキは岸壁などにたくさん固着しているイメージがあるが、汽水域に広がる砂泥底に大きな礁を形成する。
地質時代を通じてどのような生物群によって生態遷移があるのかを明らかにすることによって干潟の生命史の一端を明らかにしていきたいと思っている。
私はそのためにまず現在のカキ礁から情報を集めるために日々研究をしている。
大学院生活で大切なこと
今私が大学院生活において一番必要なのは何だと聞かれたら、まず私は人と話すことだと答える。できることなら様々なバックグラウンドを持った人と。人と話すことによって自分の考えが整理され、時には新しいアイディアが生まれるものだ。また人からの意見は今まで見落としていた穴に気づかせてくれる。
これからもこの大学院に様々なバックグラウンドを持った人々が集まり、活気ある議論が至るとこで行われている場所になっていけばいいと思う。
自分で開発したコアラー(掘削装置)でサンプルを採取している様子。自分で開発した装置で得られたサンプルはただの泥でもなぜかかわいく見え、そこからさまざまな生物の息遣いが感じられる。