学生の声

有機の世界から無機の世界へ・・・
~バイオミネラリゼーション(生物の鉱物形成作用)を研究する面白さ~

土肥 輝美 (地球生命圏科学講座 博士2年)

 

1.他大学院への進学
-大学院受験をきっかけにして学校・専攻を変える-
そのような進路の選択が一般的になっている中、3年前に自分もその選択をした1人になりました。卒業した母校では生命科学科に所属し、卒業研究ではヒトのカルシトニンと呼ばれるホルモンの構造解析を行っていました。このカルシトニンは体内(血液中)でのカルシウム濃度が高くなる(骨からカルシウムが溶け出す)と甲状腺から分泌され、破骨細胞の骨を壊す働きを抑制します。この研究を始めた時は骨の構築に関わるホルモンを研究対象にしていたにもかかわらず、「骨」そのものにまで目を向けることはしませんでした。しばらくして、同じ専攻内で地球科学分野の研究をされている先生との出会いがきっかけとなり、雑談交じりで地学に関する色々な話を聞かせてもらえる機会に恵まれました。そんな中で、特に関心を持ったのが鉱物の話でした。様々な鉱物の話を通して、脊椎動物の骨格中に主成分として多量に含まれるリン酸カルシウムが“鉱物”の一つであることを知り、今まで気にも留めていなかった「骨」を初めて生物が作る鉱物―バイオミネラル(生体鉱物)-として意識するようになりました。そして、今まで「ホルモン」を主軸にして考えていたことを、反対に「骨」を主軸にして考えたら面白いだろうな、と思うようになりました。次第に無機化学の視点から有機化学の分野へアプローチをする、両分野の境界領域を学ぶことに魅力を感じるようになり、学校と専攻を変える決意をしました。

大学院入学後は試行錯誤を重ねた末に、修士課程で研究テーマを決めて少しずつ勉強をしていきました。勿論、研究活動を進めている間も試行錯誤の連続で、頭を抱える日も非常に多かったのですが、幸運にも指導教官を始め、周囲の他研究室の先生方や先輩方が親身になって研究の相談に乗って下さるなど、暖かいご支援を受けることができました。その修士課程から現在に至るまで進めている研究が、前述したバイオミネラル(生体鉱物)についてのことです。

2.バイオミネラリゼーション(生物の鉱物形成作用)
私たちの身の回りにあるものをよく観察してみると、意外と生物が形成した鉱物というのはありふれたものであることがわかります。例えば、前述した骨や歯、歯石の主成分であるリン酸塩鉱物、原生動物である有孔虫の骨格、サンゴ体が集合して作るサンゴ骨格、貝殻中の石灰化層や脊椎動物の平衡石などの炭酸塩鉱物、高等植物中や地衣表面で作られるシュウ酸塩鉱物、ミツバチや伝書鳩、ウナギの頭蓋骨前部にある酸化鉄鉱物など、数多く挙げられます。

それらの鉱物は“生物が鉱物形成を誘発するタイプ”、つまり生物が体外に排出した物質と環境中の物質が反応して生じるもの、或いは環境中の一部の物質が生物体内に吸収されて体内で沈澱することにより生じるものと、“生物が体内で制御しながら鉱物を形成するタイプ”、鉱物(硬組織)が外の環境に直接接していても成長をせず、外環境から隔離されている内側が成長することにより生じるものとに大別されます。それでは何故、生物は鉱物を形成するのでしょうか。その理由については以下のことが考えられています。

1-生体の保護と外敵に対する防御として殻皮や殻で生体を覆う、またそれによって外敵から捕食されるのを防ぐため、
2-生体の構造的補強として、植物生体内で代謝の過程で生じたケイ酸由来のオパール質植物石が茎や葉の細胞壁に含まれるなどして、植物体の機械的支持を行うため、動物では海綿動物や刺胞動物、ナマコ、ホヤ類などの体内にある一種の内骨格である炭酸カルシウムやケイ質、石灰質から成る針骨も機械的強度を与えると言われています。二枚貝を除く軟体動物の口球中には、
3-捕食・破壊するための歯舌と呼ばれる小歯が無数の横列をなして並ぶヤスリ状のリボンがみられ、これを用いて岩などに付着する藻類などの食物をかきとったり、他の貝殻を分泌液で溶かした後に穿孔して生体部を食します。
4-移動・平衡保持用として、前者の場合では磁性細菌が菌体内に持つマグネタイトで地磁気を感知し、磁力線の方向を認識することに用いられ、また後者の場合は、平衡石や耳石が重力を感知して平衡を保つことに使われることが知られています。
5-カルシウムの貯蔵としての役割を担うものとしては、ザリガニの胃石などが挙げられます。ザリガニは脱皮の際に古い殻からカルシウム分を溶かして胃石として貯蔵し、脱皮後胃石を溶かしてカルシウムを再利用します。また、植物などではカルシウム貯蔵の他にpHの調整やカルシウムイオンの除去、排泄物として重要な役割を果たしていると考えられています。

ここで述べたほんの一部の例だけでも生物がバイオミネラルを形成することが、生命活動を行う上で重要であることがわかります。また、その機能は現在明らかにされているものだけでも多岐にわたっており、これからも更に研究を発展させるべき分野であることがわかります。そしてこのバイオミネラリゼーションに関する多くの研究が既存の様々な分野の架け橋的存在になっていることも注目すべき点で、将来的にはこれらに関する専門分野間の境界が少しずつ無くなっていくことでしょう。

3.植物の生体鉱物化作用とその鉱物種 -シュウ酸カルシウム-
植物は土壌中から根を通して無機栄養成分を取り込みます。土壌中のカルシウムもイオンの状態で植物に吸収され、植物体内で重要な役割を果たします。植物にとってカルシウムは細胞壁の構成成分である酸性多糖ペクチンの構成要素となるものや、細胞内でカルシウム結合タンパク質に特異的に結合して酵素の活性化因子となるもの等、生体内で重要な役割を果たしていることがわかります。しかし、細胞内では遊離カルシウムは10e-7M以下に保たれるように制御されているため、カルシウム濃度が高くなると隔離する必要性が生じてきます。そこで植物は結晶細胞と呼ばれる異形細胞中に、代謝の過程で生じた植物にとって有害なシュウ酸とカルシウムを中和させてシュウ酸カルシウムを形成し、隔離していると考えられています。この植物体内で形成されるバイオミネラルであるシュウ酸カルシウムの働きについては、カルシウムイオン濃度調整・動物からの捕食妨害・カルシウム貯蔵庫など、諸説挙げられていますが、現段階ではよくわかっていません。

このシュウ酸カルシウムは植物生体内で形成される場所が根・茎・葉など様々な組織・器官に及び、異形細胞中の液胞内や細胞壁に生じることが知られています。形成されたシュウ酸カルシウム結晶には一水和物のwhewellite、二水和物のweddelliteと呼ばれる鉱物があります。これらは植物によって含まれるものが異なりますが、中にはドラセナのように両方の鉱物を含むものもあります。これらの鉱物は液胞内ではcrystal chamberと呼ばれる膜腔の中で成長することが明らかになっていますが、その鉱物の選択性や形成過程、鉱物の形態制御等触れられていない点や明らかにされていない点が多々あります。

ほうれん草の葉の中のシュウ酸カルシウム(模式図)
図をクリックすると大きな画像が出てきます.
ほうれん草の葉の組織切片.やや赤色に見える点がシュウ酸カルシウム.
ほうれん草中のシュウ酸カルシウムの結晶断面の電子顕微鏡写真

私が現在進めている研究では、この“鉱物の選択性”に着目し、この二種類の鉱物をそれぞれ別々に持つアジサイとホウレンソウを試料に用いています。アジサイは一水和物のwhewelliteを含み、ホウレンソウは二水和物のweddelliteを含むので、これらの鉱物の組織内での分布状況や鉱物及びその周囲に含まれる元素などを調べて、双方の相違点を探しています。また、それぞれの植物の近縁種となる植物について含有鉱物を調べ、鉱物の種類が植物種に依存するかどうかも調べています。これらの実験を通して得られた結果、そして今後予定している実験で得られるであろう結果と併せて、生体内で行われる鉱物の選択性及びそれに関わる生理作用について考えていきたいと思います。これらの選択性を知ることで、植物が構造的に安定である一水和物の鉱物だけではなく、不安定な二水和物の鉱物を形成する理由が明らかにされていくでしょう。そして、それらの鉱物が植物生体内で如何に重要な存在であるかを紐解いていくことが、今後の楽しみでもあります。