学生の声
実験地球惑星科学への招待
はじめに
地球惑星科学は,自然現象を扱うという性質上,扱うテーマも,マントル対流から気候変動,惑星系の形成など幅広いものがあります(図1).同時に,フィールドワーク,観測,モデリング,実験,など研究手法も多岐にわたります.ここでは実験的研究とは何をどんな風にするものなのか,また,地球惑星科学専攻で具体的にどのような研究ができるのかに興味をもたれる方に向けて,わたしの研究を一例として紹介します.最後に,「学会」とはどんなところか知りたい方,また「地球惑星科学システム講座」が他の講座とどう違うかを知りたい方に向けて,学会とシステム講座についてわたしなりに紹介しました.興味のある部分に目を通してみてください.進路を考える際の参考になれば幸いです.
(http://www-sys.eps.s.u-tokyo.ac.jp/guidance.html)
研究としての実験
実験的研究においても,「何を知りたいか」という問題設定をすることが最も重要です.「何をやるか」はもとより,「どうやるか」,そして「どこまでやるか」は,目的や考え方によって大きく変わるからです.実際には,まず自分の興味に基づいて論文や教科書を通じて背景となる知識や物理を学び,具体的な目的を決め,どのような実験をどのくらいの精度で行ったら良いかを考えます.そして既存の実験装置に手を加え,試料を用意し,様々な準備実験を行って初めてデータといえるような結果を出すための本実験が可能になります.実験に限ったことではないですが,地球惑星科学において,物理や化学は非常に重要な「道具」です.必要に迫られてから勉強しても遅くはないですが,学部で学んだ物理や化学は研究を支える柱となります.
また,一口で実験といっても,中身は様々です.例えば,探査機に載せる観測器を開発するのも実験ですし,高圧実験装置を用いてマントルにおける鉱物の物性を研究する,あるいは衝突実験を行って惑星表面のクレーターの形成条件を調べたり,わたしの研究室のように,初期太陽系や,一般的な恒星周囲での物質進化を実験的に調べるという研究もあります.同じ装置を用いても研究のテーマやアプローチは多様なので,参考に興味のある研究室でこれまでされてきた研究を調べてみるとよいと思います.その研究室で扱えるテーマの幅が見えてくると思います.
「宇宙」「鉱物」「実験」をキーワードにした研究の一例
地球の上部マントルで最も豊富な石はケイ酸塩の一種であるカンラン石という鉱物です(図2).赤外線を用いた観測技術の発達によって,このカンラン石が,宇宙,特に恒星の周りにも一般的に存在することがわかってきました.中でも,進化末期の恒星から吹き出されたガスの雲(図3)や,原始惑星系円盤と呼ばれる,惑星ができるより前の段階にある若い恒星の周りの円盤状の雲(図4)に豊富に存在します.このような恒星の周りでどのように鉱物が形成されるのか,またカンラン石の様々な熱化学過程を調べることを通じて,宇宙における物質進化の過程を明らかにすることを目指して研究を進めています.
図3:すばる望遠鏡コロナグラフ撮像装置を用いて近赤外で撮像された,原始惑星系円盤(GG Tau).惑星系の原料となる鉱物が存在する. | 図4:ハッブル宇宙望遠用を用いて紫外線で撮像した,白色矮星と周りをとりまくガス(NGC 2440).約50億年後,太陽もこのような姿になるといわれている.このガスから様々な鉱物が形成される. |
実験宇宙鉱物学
宇宙空間はおよそ真空です.星の周りは千度以上にもなるとても熱い場所です.そのような環境においては,カンラン石は固体ではなく気体で存在する方が熱力学的に安定です.カンラン石の昇華速度,つまりある温度圧力条件で固体表面から原子が飛び出していく速さは熱力学平衡を仮定すると計算できますが,実際は結合を切って固体から離れた元素はそのまま気体中に飛び出すのではなく,一部は固体表面を拡散し,もう一度固体に取り込まれるということが起こります.また,固体表面での過程はそこに存在する原子同士の結合状態に左右されるため,結晶面によって昇華速度は異なることもあります.このような反応速度論的効果を理論的に扱い,真の昇華速度を計算することは,現在の大型計算機の能力を持ってしても困難で,実験的手法が不可欠となります.
実験は実験室の高温真空炉というものを使います(図5).簡単に言うと,実験室に小さな宇宙空間を作り,恒星の周りの環境を再現するわけです.装置の中に人工カンラン石(図6)を入れて,様々な星周環境を模擬した条件で加熱をします.
実験の結果,真空中や水素ガス中でカンラン石は直交する三結晶軸方向(a, b, c軸方向)に異なる速度で昇華していくことがわかりました.これを昇華速度の異方性といいます.また,昇華速度の異方性は温度圧力条件に応じて変化することがわかりました.
図5:様々な高温真空炉.再現したい宇宙環境や,調べる反応の種類によって適した装置を用いる.(左)今回の実験で用いた高温真空電気炉.比較的広範囲の加熱が可能.(中央)赤外線小型真空炉.(右)分子線エピタキシャル成長装置. |
図6:(左)人工的に作成された鉄を含まない単結晶カンラン石(フォルステライト).(右)昇華実験に使ったカンラン石.星周環境のカンラン石は鉄に乏しいので,透明に近い色をしていると考えられる. |
研究の展開
昇華速度の異方性は,星の周りのカンラン石が加熱を受けて形を変えることを意味します.また,加熱条件が変わることは,星からの距離や,星の種類の違いといった星周環境の違いを意味します.例えば「真空」は宇宙で言うところの進化末期の恒星の周り(図3)の圧力,「水素中」は惑星ができるより前の若い恒星の周り(図4)の圧力に相当します.つまり,この実験結果は,色々な星の周りにその星の環境を反映した様々な形の鉱物が存在していることを意味するわけです.
宇宙鉱物をみる道具は望遠鏡で,見るための光は可視光ではなく赤外線を使います.星の周りに鉱物(すごく小さい,髪の毛太さの十分の一くらいの大きさ)があると赤外スペクトルというものにその特徴が現れます(図7,8).この赤外スペクトルにカンラン石の形の違いも現れるのではないかと計算をした結果,形の違いや昇華条件の違いがスペクトルのピーク波長の違いとして現れること(図9),また逆に観測スペクトルを調べれば,星の周りのカンラン石の形がおよそ判別できることがわかりました.つまり,実験結果を使えば,スペクトルから読み出したカンラン石の形からその鉱物がどんな加熱を受けてきたか,言い換えれば宇宙においてカンラン石ができる環境がわかるかもしれないのです.
図7:実際に星周空間に存在するのと同程度の大きさ(数百nm)のカンラン石の電子顕微鏡写真(理学部一号館FE-SEMを使用). | 図8:原始惑星系円盤の赤外スペクトルと鉱物スペクトルの比較.観測スペクトルに,カンラン石に特徴的なピークがみられる.(Malfait et al., 1998を改変) |
カンラン石が気体から固体に凝縮するときに昇華のときとは異なる形を形成する可能性があるため,現在は,気体からカンラン石が凝縮させる実験の準備を進めています.また,実際の天体周囲のカンラン石が,形成環境を反映した形状の違いを持っている可能性を議論するために,ハワイにあるすばる望遠鏡(図10)での観測準備も行っています.
このように,一見独立しているように見える実験室での物質科学的研究と大型望遠鏡を用いた天文学的研究も,それらを一貫して行うことが「宇宙鉱物の形成環境」,さらには「恒星進化に伴う物質進化」を解き明かす鍵になるのではないかと考えています.そして,宇宙鉱物は惑星の原料であるため,化学進化を含む宇宙鉱物形成過程の研究は,惑星科学への実験・観測的アプローチとしても非常に興味深いテーマになっていくと思います.
図10:(右)ハワイすばる望遠鏡ドーム内,主望遠鏡前にて. (左)8.2mの有効口径をもつ主鏡.地上から結晶質の宇宙カンラン石を観測するためには,世界に数台しかない大型望遠鏡が必要. |
実験的研究の利点
実験的手法の一番の利点は,世界で自分しか得られない一次データを手に入れられることにあります.自然現象は複雑な物理化学過程の重ね合わせで表現されます.そのため,理論的に予測できる過程というものは非常にわずかで,多くのモデル計算では実験あるいは観測によって得られたデータを用いる必要があります.実験的研究といっても,テーマや目的は様々ですが,私の研究(前述)に関しては,実験により物理量を得ることからそれを用いて実際にどのように観測されうるかというところまでを一貫して行っています.自分の研究の目的に即した物理量を実験によって自分で取得し,自分のアイデアを他にはない研究として昇華させることが実験的研究のもう一つの醍醐味ではないでしょうか.
実験に向く人
手を動かすのが好き,という理由で実験を研究手法としている研究室を選ぶ方が多いかもしれません.手を動かすことに抵抗感がないことは実験をする必要条件ですが,研究の対象は装置ではないので,自然現象を理解したいと思えることがより重要だと思います.物質を対象にすることに抵抗がなく,自然現象に興味がもてれば,実験を手法とするのに問題はないと思います.ある程度推定はできても答えがわからないから実験をするので,実験結果によっては違う条件で実験をしたくなったり,やり方を変えてみたくなったりすることがあります.工夫したり,色々試したりすることが好きな方は実験を楽しいものに感じるのではないでしょうか.
興味を持ったら,実験をキーワードに研究室のホームページや研究室を直接訪ねてみてください.実際にやってみる前から実験に向くかどうかを判断するのは難しいので,テーマはもちろん,具体的な装置や試料をみて,興味が湧くかも一つの判断材料になると思います.
研究生活における学会
地球惑星科学関連の学会というものが国内外に多数あります.例えば,地球内部から惑星,太陽系外までの様々な研究分野の研究者たちが一同に集い,研究発表および異分野交流を深めることなどを目的とした,日本地球惑星科学連合大会という大きな学会があります.この他個別の研究分野にも,日本海洋学会,日本地震学会,日本火山学会,日本地球化学会,日本惑星科学会,日本天文学会,日本古生物学会,日本鉱物科学会など,一年を通じて非常に多くの学会があります.地球惑星科学専攻に所属する研究者の多くはこれらの学会のうち自分の研究に関連のあるものに所属しています.
学会に参加する目的はいくつかあります.一番に思いつくのは自分の研究発表でしょうか.大学院生には日頃からセミナーなどを通じて研究発表をする場がありますが,セミナーは研究発表であると同時に,研究の不備を指摘してもらい,今後の方針を議論するといった教育的な意味合いが強いと思います.一方,学会は関連する,時には競合する日本中,あるいは世界中の研究者の前で話をするわけですから,どのように話したら相手を納得させられるか,自分の研究の長所をどのようにアピールするかということが重要になります.そのため,学会発表の準備は,自分の研究を整理し,地球惑星科学の中での位置づけを見直す機会でもあるわけです.
もう一つの目的は研究者同士の交流です.研究を始めたばかりの大学院生は研究分野の誰にも知られていません.学会を通じて多くの研究者と交流を持つうちに,自分が学生である以上に研究者であるという自覚が生まれていきます.特に,博士課程への進学を考えている方は,是非積極的に学会に参加すると良いと思います.大きな刺激を受け,ときには新たな研究への糸口を得ることができるはずです.
図11:アリゾナ,バリンジャー隕石口にて(2007年国際隕石学会後の巡検). |
地球惑星システム科学講座
地球惑星科学専攻,特に地球惑星システム科学講座の特徴は,一人一人の研究者が自分の研究分野が地球惑星科学という大きな研究分野の中でどこにいて,何を担っているのかを意識した上で,個々の分野での研究を進めていることにあります.そのため,地球惑星科学を俯瞰した見方を,比較的容易に身に付けることができる環境が整っています.このような環境で研究生活を送った結果得られるものは,分野を超えた知識の重要性,分野を超えた研究の可能性,そして自分の研究の意義を知ることであると思います.わたしの場合,専門分野は「宇宙鉱物学」ですが,できるだけ大気海洋や宇宙,固体,生命圏の学生と話をして,その研究を聞くようにしています.これは,「特定の対象を研究することは,地球惑星科学および自然科学の大きな枠組みの一部を研究していることと等価である」と見なすことが,研究を有意義にする秘訣であると考えるからです.システム講座という名前から,何か曖昧な印象を受ける方もいるかもしれませんが,システムの一部として個々の対象をとらえるというシステム的見方は,これからの地球惑星科学にとって非常に重要だと思います.現在の地球惑星科学は分野の境界に新しい分野が開拓可能な時期にあります.地球惑星科学専攻の学生は惑星科学,鉱物学,海洋学,気象学,地震学,その気になれば天文学の授業も受講し,勉強することができます.もちろん,それぞれ非常に特化した専門分野をもって研究を進めていくわけですが,多様な専門分野を持った大学院生がシステム的見方を備えて研究をすることが,今後の地球惑星科学を盛り上げる鍵ではないでしょうか.
おわりに
全ての研究が順調に進むとは限らず,途中で方向転換をしなければならない場合もありますが,色々な試行錯誤も含めて,自分が一番興味を持った問題を,自分で切り開いていくことが研究の面白さです.研究は多くの時間がかかるものです.これから進路を決める方は,何に興味を抱けるかをよく考えてみてください.この他にも,様々な専門や背景をもった大学院生から,日常的な大学院生活や受験体験,フィールドワークやモデリング,観測など実験以外の研究手法,地球内部や表層環境,古気候,惑星科学の具体的な研究なども紹介されています.教員のホームページや簡単な読み物なども紹介されているので,一読して,特別に興味を持てるものを探してみることが良いのではないでしょうか.興味を持った研究室を見つけたら,Eメールなどで連絡をとって,直接話をしてみることも可能です.紹介されていない研究分野,地球惑星科学専攻の研究室も沢山あります.是非,ここだと思う研究室を見つけ出してください.