学生の声

地球にわくわくしてますか?

佐藤 友彦(地球惑星システム科学講座・博士1年)

地球が誕生してから46億年間、地球史においてどのように環境が変化し、生物が進化してきたか、まだ多くは謎に包まれています。地球史研究の最先端では、教科書には載っていない新たな事実が次々と明らかにされてきています。このページでは、私自身がどうしてこの分野に進んだか、どういう研究をしているかについて紹介します。

地球は好きですか?

はい、好きです。

これだけで、地球惑星科学の研究を志す動機は十分です。研究をしていく上で最後に必要とされるのは、純粋な好奇心をもって自ら新たな領域を切り開いていく気概であることは間違いありません。

もともと物理と自然が好きで、理学部地球惑星物理学科に在籍していた私は、学部3年のとき、とある巡検に参加しました。アメリカ西部の、グランドキャニオンやデスバレーを廻る見学旅行でした。同学科の友達に誘われ、参加を決めたのは、ただ単に「グランドキャニオンが見たい!」というだけの動機だったように思います。

それまで講義や実習を通して私が認識していた地球惑星科学の研究は、観測データに基づくモデルシミュレーションを中心とするものでした。そんな時、ふと思い立って参加したこの巡検は、私に大きな衝撃を与えました。グランドキャニオンでは、その壮大な地形的スケールに感動するとともに、6億年以上にわたる膨大な時間の情報が眠っている「モノ」が、すべて眼下に広がっていることに圧倒されました。地層という「モノ」から地球の歴史を解き明かしたいと思うようになったのはこの時からでした。

朝日が上るにつれ刻一刻と表情を変えるGrand Canyon

地球史研究 〜フィールドからのアプローチ〜

過去を知ることは、今自分達の置かれている状況を知り、今後どう進んでいくべきかを考える上で極めて重要です。地球の誕生から46億年の間に地球が、環境が、生命が、どのように進化してきたのかを明らかにすることは、人類にとって大きな課題です。地球史研究には、大きく分けて、以下の3つのアプローチがあります。
?@ フィールドワーク
?A 分析・実験
?B 理論・モデルシミュレーション

モデルシミュレーションにより過去の環境変動を検証することは、原因や結果の地球物理的・地球化学的条件を知る上で欠かせないアプローチです。しかし、過去の新事実を実証できるのは、具体的な地質学的な証拠だけです。私自身は、地質学的証拠が持つ生の情報に注目したいと思い、主にフィールドワークと分析により地球史の謎に挑むことを選びました。

私の選んだ研究室(駒場・磯崎研)では、フィールドワークをベースに、岩石試料の分析を通して、原生代−古生代 (PC-C) 境界や、古生代−中生代 (P-T) 境界を中心に、地球史・生命史の研究を行っています。国内はもちろん、アメリカ、ロシア、イギリス、クロアチア、中国、タイなど、様々なフィールドを相手にする機会があります。参考までに、ここ数年での私の主な野外活動を挙げると、

2006年 3月 地球探訪/アメリカ南西部 (巡検)
2007年 2月 宮崎県高千穂 (調査)
2007年 4月 中国四川省 (調査)
2007年 5月 栃木県足尾・葛生 (巡検TA)
2007年 9月 北海道夕張・三笠 (学会巡検)
2007年 11月 宮崎県高千穂 (調査)
2008年 5月 伊豆大島 (巡検TA)
2008年 7月 岐阜県犬山 (実習)
2008年 9月 栃木県葛生 (巡検)
2008年 9月 岩手県北部北上 (学会巡検)
2009年 2月 岐阜県赤坂・犬山 (調査・巡検)
2009年 3月 中国四川省・雲南省 (調査)

と、このような頻度でフィールドに行っています。私の場合、研究対象のフィールドが外国にあるため、短い期間に集中的に調査・サンプル採取を行いますが、国内にフィールドを持つ場合は、1年のうち数ヶ月間は現地で生活をすることになると思います。また、自分の研究対象であるフィールド以外にも、機会があれば色々なフィールドへ行くことはとても勉強になります。例えば、学会の巡検は、ある地域を専門に調査している研究者による地質の見方を学ぶことができ、さらに研究者同士の交流を持つことができるため、非常に有意義です。意見を交換できる他大学の友人が増えれば、その分、次の学会発表へ向けてのモチベーションもあがるはずです。

アメリカ西部デスバレーの後期原生代スノーボールアース事件を示す氷河堆積物層

6-5億年前に起きた劇的な環境変動と生物進化

私は、地球史の中でも最も劇的な、スノーボールアースからカンブリア爆発にいたる、PC-C境界前後(6−5億年前)の環境変化、および生物の多様化に興味を持って研究にのぞんでいます。この時代に、表層環境と生物の進化にとって重大な事件が起きたことは明らかになってきましたが、その原因や過程については、まだほとんど分かっていません。そこで、次のような2つの切り口でこの時代の研究を行っています。

(1) エディアカラ紀の酸素増加事件
地球史における酸素濃度の変遷は、生物進化と密接に関わってきたことが指摘されています。太古代以来還元的だった深海が、原生代末期に初めて酸化的になったと推定されています。しかし、その時期や程度は、未だ解明されていません。過去の付加体中に残された、失われた海洋の断片である遠洋深海堆積岩(チャート)を対象に、岩相観察、化学分析を行い、海洋中央部の深海環境復元を試みています。チャート中に含まれる鉄の化学状態を、メスバウアー分光法を用いて分析し、古生代のチャートと比較することにより、酸化の程度を検討しています。これまでに得た結果から、遅くともエディアカラ紀には、深海の酸化レベルが、酸化鉄を沈殿させる程度に達していたことが明らかになりました。これは、遠洋深海堆積岩から直接得られた証拠として、(比較的浅い大陸縁辺部の堆積岩の検討に基づく)従来の研究とは異なる、新しい事実と言えます。

(2) カンブリア紀最初期の化石層序
PC-C境界前後の生物進化で特筆すべきなのは、硬い殻を持つ生物が現れたことです。三葉虫やアノマロカリスの出現で知られるカンブリア紀の爆発的な生物多様化に先駆けて、カンブリア紀最初期に、硬組織を持つ小型化石が現れます。これらの小型化石は、PC-C境界付近の生層序にとって重要な役割を持ち、より詳細な化石帯区分が期待されています。その中でもとくに、殻を持つ化石の出現最初期に焦点を当て、化石の保存が良い中国雲南省の最下部カンブリア系を検討中です。

後期原生代からカンブリア紀にかけての環境変動・生物進化

自分の研究を客観的に見つめる

今まで誰もやってこなかった手法で、新たな事実を示すことが研究の目的であり、また一番面白いところです。この「世界で自分しか知らないこと」ですが、ただ単にマニアックなだけではどうしようもありません。とくに、地球惑星科学のような純粋理学においては、研究の意義をしっかりと示すことができなければ、社会へ成果を還元することは難しいでしょう。そのためには、広い視野を持つことが求められます。同じ分野の研究者はもちろん、時には、全く背景を知らない分野外の人に、自分が何を研究しているのか、その独創性はどこにあるのか、ということを分かりやすく説明する必要があります。

地球惑星科学専攻は、多様な研究グループが集まっているため、分野を越えた議論を通じて、自らの研究を客観的に見直し、その意義や今後どう掘り下げていくべきかを考えるチャンスに満ちています。また、自分の専門と繋がる可能性のある研究が身近に転がっている点で、有利な環境にあるのかもしれません。私の周りにも、同様に野外調査を主体に研究している友達はもちろん、モデルシミュレーションで地球史の問題に取り組んでいる友達や、固体地球や大気海洋など一見離れた分野の研究をしている友達が多くいるので、多角的な視点でそれぞれの研究を見つめ直すことができます。

中国雲南省のカンブリア紀初期のリン酸塩岩層(暗褐色の部分)

これから研究をはじめる人に

ここまで個人的な研究内容や勝手な見解を述べさせて頂きましたが、研究に対する取り組み方は、人それぞれ色々なカタチがあると思います。私自身、まだ研究者としてのスタートラインに立ったばかりです。上で紹介したような地球史研究に興味がある方は、いつでも研究室やセミナーの様子を覗きに来て下さい。(駒場地球科学グループHP http://ea.c.u-tokyo.ac.jp/earth/ )

科学といえども、実際に研究しているのは「人」です。どんなに優れた能力を持っていても、自分一人の力だけで研究をしていくのは不可能です。指導教官や、先輩、後輩、同級生と、日々活発な議論をして、よい影響を与え合うのが、研究の一番いいカタチだと思います。企業に就職する場合も、一緒に仕事がしたいと思える人がいる会社が魅力的ですよね。研究の道をゆく場合も同じで、この中で研究したいと思えるような研究室を選び、いざ入った後は自分で率先して研究しやすい環境を作ることが大切です。もちろん、自分自身が、一緒に研究して面白いと思ってもらえるように、知識や技術を磨いていくことが必要だと思います。

これから地球惑星科学(地惑)の道に進まれる皆さんが、飽くなき探究心を持ち、良い環境で研究をスタートできることを願っています。そして、球に対してわくわくする気持ち(=地わく)を共有できたら嬉しいです。

地球惑星科学専攻の友達と富士山頂にて