伊能中図について

 伊能忠敬(1745-1818)の全国測量で製作された地図は、総称して伊能図といわれる。その中でも文政4年(1821)に幕府に上呈された、大図 1:36,000(214図幅)、中図 1:216,000(8図幅)、小図 1:432,000(3図幅)は、大日本沿海輿地全図と呼ばれ、全国図の完成品ともいえる最終版の伊能図である。ただ、これらの上呈本については、明治6年(1873)5月に皇居で発生した火災によって、そのすべてが失われたとされている。現在では、忠敬の測量を通じて製作された種々の伊能図が伝わっており、各地の博物館や資料館、大学等に所蔵されている。

東京大学所蔵 伊能中図           >>高精細画像
図名

法量縦

cm

法量横

cm

作成年

和暦

作成年

西暦

針穴
大日本沿海輿地全図 中図 第壱(北海道東部) 169.5 158.0     なし
大日本沿海輿地全図 中図 第二(北海道西部) 242.3 159.3     なし
大日本沿海輿地全図 中図 第三(東北) 217.3 160.8 文政4 1821
大日本沿海輿地全図 中図 第五(中部) 229.9 141.5 文政4 1821
大日本沿海輿地全図 中図 第六(中国四国) 227.3 142.8 文政4 1821
大日本沿海輿地全図 中図 第七(九州北部) 160.7 173.2 文政4 1821
大日本沿海輿地全図 中図 第八(九州南部) 162.1 161.0 文政4 1821
2015~2018年度、住友財団の助成を受け本伊能中図の保存修復事業が実施された.

 本学には、もとは理学部の事務室にあった1)という最終版の伊能中図が所蔵されている。同版の中図は全8図幅であるが、本図は関東を欠くため7舗からなる。同版の中図はほかに、東京国立博物館所蔵中図、NISSHA株式会社所蔵中図(イブ・ペイレ氏旧蔵)、日本学士院所蔵中図、国土地理院所蔵中図、成田山仏教図書館所蔵中図などがよく知られている。
 本図の特徴としては、東北以南の5舗が針穴本であるのに対し、北海道(蝦夷)の2舗には針穴がみられない点があげられる1)。またこの2群の違いに関連する知見としては、2015~2018年に実施された本図の修理によって、使用されている本紙1枚のサイズ、裏打紙の層数ともに、北海道2舗と東北以南5舗で違いがみられる点が明らかになっている2)。関連する過去の研究としては、伊能日本図探究会1)によって北海道と東北以南の図で制作時期、制作者が異なる可能性が指摘されていた。この指摘は、おそらく針穴の有無や図の内容の違いを根拠としたものと思われるが、本図の修理によって得られたこれらの知見はこの指摘を裏づけるものといえる2)。コンパスローズ(方位記号)や図に記載された内容からみると、基本的には7舗で1組の中図との認識が変わるものではないが、北海道と東北以南で製作の経緯が異なるとすると、なぜ北海道の2舗だけが別に製作されたのか、本図の来歴を探るうえでも興味深い。
 また、東北以南の針穴本5舗は、成田山仏教図書館が所蔵する中図(写本)の原図である可能性が高いことが両図の内容の比較によって明らかになっている3)。これは、現存する最終版伊能図としては、原図と写図の関係が示された数少ない事例といえる。

参考文献

1) 伊能日本図探究会 伊能図見て歩き(一) 伊能忠敬研究第7号 (1996) pp. 28-29.

2) 栗栖晋二 地球惑星科学専攻所蔵伊能中図保存修復事業報告
https://www-old.eps.s.u-tokyo.ac.jp/material/report4_all.pdf (2019) pp. 7-10.

3) 栗栖晋二 東京大学伊能中図と成田山仏教図書館伊能中図写本の関係 地図56-3 (2018) .