(ハッブル宇宙望遠鏡によって撮影された金星の紫外光画像。写真:NASA提供)
金星は、地球とは似てもにつかない表層環境を持っています。 その意味では、金星は地球とは異なった惑星です。 しかし、金星の固体部分は、その大きさも密度も地球に非常に近く、平均組成や内部構造は地球に非常に近いと推定されています。 いわば固体地球の双子惑星なのです。金星の内部構造を理解することは、固体地球の進化過程を理解することにつながるのです。
■ 金星の観測
金星は厚い大気と雲によって覆われているため、可視光などの光を用いて表面の観測をすることはできません。金星は地球より太陽に近いです が、雲による反射の効果を考慮すると、実は金星表面の方が地球表面より受け取る太陽光の量は少なくなります。そのため、ソビエトが金星表面への着陸を目指 してベネラ探査機を送り込むまで、金星の表面は地球より低温ではないかいう予想がかなり有力でした。今でこそ金星は450℃、90気圧の灼熱地獄の表面を 持っていることは良く知られているますが、実際に探査機が現地に到着するまで、理論的な推定では正確な予想は難しかったのです。
可視近赤光では、金星表面の観測は非常に難しいですが、金星の大気・雲はレーダー波を透過するため、レーダー観測は可能です。この原理に基づいて、地上の 大電波望遠鏡による観測や、ソビエトのベネラ探査機によるレーダー観測が行われ、地上の様相は徐々に明らかにされてきました。
しかし、1990年代初頭のマゼラン探査機の精密レーダー観測によって、一挙にその複雑な姿が明らかにされました。
マゼランによる金星探査以前、金星は太陽系の惑星の中でも最も謎に包まれた惑星でしたが、90年代半ばに探査が終了したときには、地形に関しては地球の海洋底よりも高い空間解像度のデータが得られ、太陽系内で最も良く探査された惑星となりました。
図3には、マゼラン探査機によって得られた金星のレーダー反射画像を示しました。レーザー反射像は、通常の光の反射光画像と異なり、測定す る探査機が地表に対して垂直に近い角度でデータを取ったか、斜めにデータを取ったかで、見方がかなり変わってきます。図2に示したレーダー画像は、金星表 面に対して斜めにレーダー波を打ち、その反射信号の解析から得たものです。白く明るい色は、地表面の凹凸が激しいか、レーダー反射率の高い物質でできてい ることを示しています。例えば、地殻変動が激しく、表面の凹凸の激しい地域などはこの色で表されます。一方、黒っぽい暗い色は、地表面の凹凸が少ないか、 レーダー反射質の低い物質でできていることを示しています。図2では、金星の赤道域にベルト状の白く凹凸の激しい土地が連なっていることを示しています。 この半球では粗すぎて見えにくいが、このベルトは大小さまざまな断層地形から構成されていて、この付近に金星の地殻変動活動度が高い(あるいは高かった) ことを示しています。
マゼラン探査機では、レーザー高度計による高度測定をすると同時に、レーダー反射図をステレオで撮影したので、3次元の精密な地図が得られました。
[ 図1 ] 金星を観測するマゼラン探査機の想像図
[ 図2 ] マゼラン探査機によって得られた金星のレーダー反射画像。NASA提供
[ 図3 ] マゼランの高度計により得られた金星の高度分布図。
■ 金星の表面更新履歴
マゼラン探査機によって得られた金星の詳細な地形図の分析から、幾つかの非常に重要な問題が明らかになってきました。
その一つが、金星の表面更新過程です。一言で言うと、地球とは非常に異なる表面更新履歴を持っていることが分かったのです。地球では、海洋底地殻は、中央 海嶺で新しい玄武岩地殻が作られ、沈み込み帯で古い地殻がマントルに戻っていくという形で、海洋底地殻は常に新しいものに更新されています。逆に大陸地殻 では、このような頻繁な表面更新過程は起こらず、非常に古い地殻が残されています。このような表面の更新の運動は、惑星の進化の歴史を理解する上で非常に 重要な要素です。
マゼラン探査機の送ってきたレーダー地形図には1000近くのクレーターが見つかりました。クレーターは天体衝突の跡で、空間的にはランダムに生成されます。また、分布の数密度は、時間と共に単一増加します。
しかし、表面更新が起きて地殻が新しくなるとクレーターの数はゼロにリセットされるため、古い地形には多くのクレーターが、新しい地形には少数のクレー ターが作られます。例えば月では、海と高地では、高地のクレーター密度が圧倒的に高く、海が高地より形成年代がずっと若いことがわかります。また、地球で も盾状地と呼ばれる安定大陸地殻には、クレーターが見つかりますが、日本列島のように地殻変動の激しい土地にはクレーターは見つからないというはっきりと した違いが出ます。
ところが、金星クレーターの空間分布を解析すると、完全乱数分布と区別できないほどランダムに分布していることが明らかになったのです。こ れは、金星はどこも平均的には同じ地質年代を持っているということを示しています。また、誤差は大きいものの、クレーターの数密度から金星の表面年代を推 定すると、5-10億年というかなり若い年代になります。
さらに、見つかったクレーターのうち約90%までが火成活動や断層運動による変形を受けていない新鮮なクレーターでした。
この3つの情報をもとに、主に2つの説が提案されています。一つは、平衡更新説。金星表面は、至る所で少しずつ表面更新が起きており、ク レーターの生成と表面更新が釣り合いを保って、現在観測されるような万遍なく若い地表面が維持されているというものです。もう一方は、破滅的表面更新説。 これは、比較的短期間のうちに金星の表面が全球的に表面更新し、その後は非常に弱い表面更新活動のみが残るという説です。
それぞれに一長一短があります。純粋な統計解析ではランダムからのずれが有意とは言えないものの、金星地形図を観察すると局所的にクレーターの数密度が高 い地域と低い地域は、確かにみられます。こういう分布は、平衡更新説より破滅的表面更新説の方がより説明が簡単です。しかし、変形を受けたクレーターが全 体の1割しかないという観測事実は、破滅的表面更新説の方がより整合的です。また、金星の表面の85%を占める熔岩平原には、チャネルと呼ばれる流体が 通ってできたような非常に細長い運河のような構造が多数見られ、ものによって何千キロにもわたって伸びています。これは、火星の流水地形のチャネルとはか なり形態も違い、水ではなく低粘性の熔岩が流れて形成したものだと推測されています。このような何千キロにもわたる熔岩流がもし本当に金星表面上に流れて いたとしたら、非常に大規模な火成活動が必要です。このような大規模な火成活動は、破滅的表面更新説とより整合的です。
いずれの説が正しかったとしても、金星は地球と非常に異なった独特の表面更新プロセスを持って進化をしてきたことになります。今後は、金星の表面更新プロ セスの議論に決着をつけること、また、なぜ地球と兄弟惑星だと言われるほど条件の似た金星でこれほど異なる表面更新プロセスが卓越するのかを理解すること が課題となっています。これらの課題を解くことは、固体地球の一層の理解に非常に大きな役割を果たすはずです。
[ 図4 ] シフ火山付近の3次元地形図。
山腹から手前の山麓にかけて熔岩流の跡が見える。(NASA提供)
[ 図5 ] マゼランのレーダー反射地図と高度データから作った金星クレーターの鳥瞰図(NASA提供)
[ 図6 ] 断層により変形した金星クレーターの例(NASA提供)。このような変形したクレーターは金星には非常に稀にしかみられない。
[ 図7 ] 熔岩平原を流れるチャネル(NASA提供)。
■ 金星の地殻化学組成
金星探査においてもう一つの最重要課題は、地殻の化学組成でした。地球は、海洋地殻が玄武岩で、大陸地殻は花崗岩から安山岩質の物質で構成 されています。海洋地殻の形成は、海洋底の中央海嶺でマントルが部分溶融して起きることが分かっていますが、大陸地殻については、その起源は未だに不明で す。そのため、兄弟惑星である金星の地殻表面が何でできているのかを知ることは、地球の大陸地殻の起源を研究する学者にとっては、非常に大きな関心事でし た。
最初の大きな情報は、1970年代のソ連のベネラ探査機によって得られました。数機のベネラ探査機が、金星の様々な地点に着陸し、それぞれの場所の元素組 成を測定したのでした。その結果は、地球の大洋底を構成する玄武岩にかなり似たものが多いというものでした。ただ、中には地球の大陸性地殻に多少似ていな くもない(非整合元素が多い)ものもあることが明らかになりました。
金星は、地球とは似てもにつかない表層環境を持っています。その意味しかし、ベネラ探査機は地表の非常に限られた地点のみを観測できただっ たので、大陸性地殻のようなものが、未探査の地域に残されているのではないかという疑問が残されました。また、ベネラ探査機は、分厚い金星大気の中をパラ シュート降下して着陸したため、降下中にどれだけ風に流されたのかよく分からないという問題も抱えていました。着陸地点の決定誤差は100キロくらいある と推定されています。
こうした点による観測の弱点を補ったのは、70年代のベネラと90年代のマゼランによるレーダー観測でした。金星地形の構成物質に関係して重要だったの は、テッセラと呼ばれる非常に複雑に変形した地形が発見されたことです。全体の85%の面積を占める熔岩平原に比べると表面に占める割合は小さく8%程度 しかありませんが、非常に重要な特徴を持っています。
まずテッセラは、変形しているだけでなく、高度も高く盛り上がっています。なかには金星の平均高度より4キロほども高い地域もあります。ま た、重力的にはほぼアイソスタシーを実現しています。つまり、マントルの流れなどによって金星内部からダイナミックに支えられているのではなく、自重が軽 いために周囲のより思い媒質に浮いた力学状態を保っているのです。これは地球の大陸地殻に似た力学状態です。また、テッセラの付近には、パンケーキドーム というホットケーキに似た奇妙な形の火山が見られることが多いという特徴もあります。パンケーキドームの形成は、玄武岩のような粘性の低い熔岩では非常に 難しく、花崗岩質ないし安山岩質な組成を持った粘性の高い熔岩が必要です。これもテッセラが地球の地殻に似た組成を持っている可能性を示唆しています。
粘性の高い熔岩が噴出してできたと推測されている。しかし、これらはいずれも状況証拠であるため、現時点では金星に大陸性地殻があるのかど うか、テッセラが大陸性の化学組成を持っているのかどうかという疑問に答えることはできません。しかし、この問題に答を与えることは、地球科学、惑星科学 にとって非常に大きな意味を持っています。
[ 図8 ] 北極冠の3次元地形図。(MOLA TEAM提供)
[ 図9 ] 金星に見られる複雑な変形地形テッセラと熔岩平原の境界。
右半分がテッセラで左半分が熔岩平原である。
テッセラの境界近くにクレーターが見える。
[ 図11 ] パンケーキドーム火山。