火星

Mars

この赤い惑星は、地球と同じように大気を持ち、火山噴火も地殻変動も経験した証拠が表面の至る所に見らます。 また、液体の水が表面を流れて、山を削り、岩を風化させた形跡も残っています。太陽系内の惑星の中では、表層環境が地球と最も似た惑星は火星です。

しかし、同時にいろいろな点で地球とは本質的な違いも持っています。 火星には、地球のようなプレートテクトニクスの明確な証拠は見つかっていません。 その一方で、火星の体積は、地球の一割程度しかないにもかかわらず、その表面には地球の最大の火山の100倍以上の体積を持つ火山があります。 また、流水や風による風化浸食があったとは言え、その程度は地球と比べるとはるかに小さいものです。 特に、液体の水が流れていたと考えられる時期は、惑星全体の歴史の中でかなり短い時間であったと推測されています。 風化浸食度が低いため、惑星形成後10~15億年以内にできたと推定される非常に古い地形も、現在まできれいに残されています。

以下では、火星の主な特徴について、簡単に紹介します。

■ 北半球の低地と南半球の高地

図1はマーズ・グローバルサーベーヤーにより得られた火星の全球地形図です。火星の北半球は低地で覆われ、また表面は滑らかであること、それに対し、南半 球は高度が高く、大小のクレーターで覆われて起伏に富むことが見て取れます。この地形図と重力分布図から、地殻の厚さを求めると図2のようになります。

北半球(左)に比べ南半球(右)の地殻が非常に厚くなっているがわかると思います。同時に表面の地形的高度も、北極付近の青で表された低地から南極付近の赤で表された高地へと変化しています。

このような全球を二分するような地殻の厚さの大きな変化は、地球や金星には見られず、逆に月に見られる特徴です。この成因はよく分かってい ないのですが、火星の内部構造の起源と進化を知る上で非常に重要な観測量です。一つの仮説は、火星の進化の比較的早い時期に全マントルを巻き込むような巨 大な対流運動が起きたとするものです。球殻流体の中で起きうる最も大きな対流は、湧昇流地点と下降流地点を一つずつ持つモードの対流です。火星の地殻は、 このような巨大な対流に引きずられ、下降流付近で地殻は厚くなり、湧昇流近くではでは薄く引き延ばされて、現在のような両半球にわたる近くの厚さ分布を 作ったのかもしれません。

 

火星の地形図(MOLA TEAM提供)

[ 図1 ] 火星の地形図(MOLA TEAM提供)

火星地殻の子午線に沿った断面図(MOLA TEAM提供)

[ 図2 ] 火星地殻の子午線に沿った断面図(MOLA TEAM提供)

■ 火山

固体火星を特徴づける地形に、巨大な火山があげられます。上の図1にも見られますが、経度250°の赤道付近を中心とする直径数千キロにわたる地域は、火星の中でも説くに地形高度が高くなっています。これは、タルシスと呼ばれる巨大火山帯です(図3)。

図4に示したオリンポス山は火星最大の火山です。その形態は、山高に比べ直径が非常に大きい、盾状火山に分類される(これは、タルシス3山 にも当てはまります)。これは、爆破力の非常に弱い穏やかな噴火によってできたことを示し、地球ではハワイのキラウエア火山などのその例を見ることができ ます。

しかし、オリンポス山は、地球最大の火山島であるハワイのマウナロア山(これも盾状火山)の100倍以上の体積を持っています。火星が地球の1割程度の体積しか持たないことを考えると、これはかなり意外なことです。

この意外な結果を生んだ原因として提案されているのが、プレートテクトニクスが火星に存在しなかったという考え方です。地球のように地表が プレートと共に移動してしまえば、火山体は大きく成長できません。しかし、地表と熔岩源の相対位置が長期間にわたって固定されていれば、火山体は非常に大 きく成長することができます。

その一方で、火星の巨大火山は火星の内部に関する別の情報も教えてくれます。このように巨大な山体が地表にある場合、惑星の表面はその重み によって弾性変形を起こします。この弾性変形の及ぶ距離は、惑星表面下のリソスフェアー(岩石圏)の厚さによって決まります。山体の周りの地形変形は探査 衛星がもたらす地形データから測ることができ、その変形距離からリソスフェアーの厚さが推定できます。リソスフェアーの厚さは惑星の内部温度勾配で決まっ てります。さらに惑星の内部温度勾配からは、惑星の内部から湧きだしてくる熱の流量が推算できます。惑星の熱流量は、惑星内部がどんな速度で冷えつつある のかを知るために非常に重要な情報です(惑星内部の加熱・冷却の歴史を熱史と呼びます)。かなり詳細を省きましたが、地形データから惑星の内部温度構造や 熱史までも推定できるわけです。ちなみに、これは典型的な遠隔物理探査の手法で、多くの他の惑星についても適応できます。また、現在世界的に精力的に行わ れている火星探査により、火星の地形や重力の精度が上がるに従い、物理探査の分析精度も格段の向上を見せると予想されます。

タルシスとマリネリス渓谷の地形図

[ 図3 ] タルシスとマリネリス渓谷の地形図(MOLA TEAM提供)
画像中央の盛り上がりがタルシス地域であり、そこに3つの巨大な火山が見える。タルシス3山の北西には火星最大の火山オリンポス山が、東にはマリネリス渓谷が見える。

火星最大の火山オリンポス山

[ 図4 ] 火星最大の火山オリンポス山(Malin Space Science Systems/NASA提供)

■ 渓谷系

火山と並び巨大な火星の地形は、その渓谷です。タルシス地域の東側には、長さ約4000km、最大幅600kmにもなるマリネリス渓谷が展開しています。 この長さは、火星の直径が3476kmであることを考えると、大変な長さであることが実感できます。渓谷面は、風化・浸食の影響を受けて変形しつつも、 真っ直ぐに伸びた長い平らな面で構成されていることが多いことが観察されます。これは、地球の断層地形に典型的な地形の特徴で、火星の大渓谷が断層運動で できたであろうことを示しています。

火星の1/3周にもわたるマリネリス渓谷は、谷というより惑星の大きな裂け目です。これは、火星の内部がその進化の過程で、外側のリソス フェアーを割き破る程度に膨脹したと考えると説明がつきます。ちなみに水星には、火星と逆の伸縮地形が卓越しています。これは、火星と水星が大きく異なっ た熱史を経て進化したことを示しています。

マリネリス渓谷

[ 図5 ] マリネリス渓谷(NASA提供)。

■ 流水地形

マリネリス渓谷の北側には、チャネル(channel)と呼ばれる流水地形が多く見られます。チャネルには大きく分けて2種類あります。一つは洪水チャネ ルで、支流を持たず、流源から急に始まるタイプです。地球で似たような地形が見られるのは、氷河などにより形成し、その融解により崩壊して発生する巨大洪 水の跡です。火星上の洪水チャネルの成因としては、上記の渓谷系から大量の水が供給されたという説と、地下に永久凍土として蓄えられた水が付近の火成活動 により融解し流れ出したという説と大きく2種類あります。

この正確な成因を理解することは、現在の火星探査の中の重要な課題の一つです。なぜならば、このような大きな洪水地形を作るためには、大量 の液体(多分、水)が必要です。しかし、現在の火星の地表にはそのような大量の水は存在しません。さらに、例え大量のH2Oが供給されたとしても、一部は 蒸発し、残りは凍りついてしまって、液体の水は熱力学的に安定に存在できないことが分かっています。水による温室効果を加味しても、この状況は変わりませ ん。つまり、洪水地形ができていた頃の火星の表層環境は、現在の火星の表層環境と本質的に大きく異なるのです。

また、このような流水地形を作った大量の水は、現在の火星表層には見つかりません(図7)。水がどこに消えたのかは、惑星の超長期気候の問 題として非常に重要な問題です。大気上端から宇宙空間へ散逸したのか地下に埋蔵されたのか、あるいは見かけと大きく異なって本当は水は最初から火星に大量 には存在しなかったという3つの解が考えられます。しかし、それに答えるためには、火星の電離圏物理(大気の散逸がどの程度であったのか)、火星の地殻変 動の歴史(特にプレートの沈み込みのように表層物質をマントルに持ち込むような運動があったのか)など、地球科学上の様々の角度から総合的に検討すること が必要で、多くの分野の科学者の協力を必要とする大きな問題です。

もう一つの流水地形は、バレー・ネットワークと呼ばれるものです。この流水地形は、図7に見られるように支流系を持ち、北半球の古い高地の 至るところに見られるという特徴を持ちます。支流系の形状は地球の川のそれと非常に似ているので、降水地形であると考える研究者も多くいます。しかし、火 星の古気候の理論計算からは、降雨を伴うような温暖な気候を許す条件やメカニズムは未だに見つかっておらず、非常に大きな謎となっています。大気中で液体 の水が存在しなくもとよいように、この流水地形が地下水で形成されたと提案する科学者や、氷の流れによって形成したと提案する科学者もいます。しかし、い ずれも決定打に欠け、結論は出ていません。この地形は、火星にかつて温暖で湿潤な気候があったかどうかを知る上で鍵となる地形であると考えられていて、そ の形成メカニズムの解明は、現在の惑星科学においての最も重要な問題の一つとなっています。

火星の洪水地形

[ 図6 ] 火星の洪水地形。涙型の中州が、液体の流れがあったことを強く示唆している。(NASA提供)

パスファインダーの着陸地点の風景

[ 図7 ] パスファインダーの着陸地点の風景(NASA提供)。

火星のバレー・ネットワーク

[ 図8 ] 火星のバレー・ネットワーク(NASA提供)

■ 極冠

上で述べた水の逃げ場所として考えられるもう一つの候補は、火星の南北極にある極冠です。北極冠は直径約600kmで水と二酸化炭素の氷が確認されていま す。もう一方の南極冠は直径約400kmで、二酸化炭素のみが確認されています。このように両極冠が非対称な分布をしているのは、軌道傾斜の方向と軌道長 半径の方向のかねあいで、両極が受け取る太陽光量が違うためと、両者の根元の高度の違いによる気温差(図1参照)のためであると推定されています。また、 南極冠にも多分水の氷があると推測されています。極冠は表面を白い氷で覆われているため、よく目立ちますが、白いのは表面付近の極薄い層に限られていて、 内部はダストと氷の混合物から構成されていると考えられています。

極冠には渦巻き状の谷が切り込んでいます。この渦巻き谷は、白い霜が昇華する春に最もはっきり見えます。また、年によっても霜の付き方は変化します。

霜の層の下には、細かい層を成した堆積層が折り重なっているのが見えます。これは、氷とダストの混じった混合層で、火星の最近の気候変動により混合比が変化したことを反映して縞模様になっているのだと考えられています。

このように刻々と変化している極冠は、長い火星の歴史の間には何回も消滅したり移動したのではないかと考えられています。その証拠の一例 は、1977年のバイキング探査機が観測した砂嵐です。この砂嵐は、極冠をも覆う大きなものでしたが、この砂嵐により、極冠には約0.4mmのダストが堆 積したと推定されています。この堆積率でダストが1000万年の期間降り積もれば、極冠の厚さである2-3kmを作ることができます。したがって、火星に の極に1億年間に極冠がなかったとしても堆積率上は全く問題がないことになります。極冠の寿命は、地質学的な時間尺度で見ると非常に短いの可能性が高いで す。

北極冠の3次元地形図

[ 図9 ] 北極冠の3次元地形図(MOLA TEAM提供)

北極冠の時間変化

[ 図10 ] 北極冠の時間変化(Malin Space Science Systems/NASA提供)

極域に見られる細かい層構造を持った堆積物

[ 図11 ] 極域に見られる細かい層構造を持った堆積物(Malin Space ScienceSystems/NASA提供)

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